森谷雄のノンストップ映画道 「THE3名様」監督、「BISHU」プロデュースなど目白押し
2024年8月24日 10:00
映画プロデューサーの森谷雄氏が、映画人として例年以上に激動の日々を力強く走り抜けている。プロデューサー業だけでなく監督業、社長業を並行して行う森谷氏の原動力はどこにあるのか、話を聞いた。(取材・文/大塚史貴)
森谷氏が今年クレジットされた作品は、「三日月とネコ」のエグゼクティブプロデューサー、「映画 THE3名様Ω これってフツーに事件じゃね?!」の監督、脚本(石原まこちんと共同名義)、プロデュース、製作、「BISHU 世界でいちばん優しい服」のプロデューサーの3本。この他にも25年公開作「35年目のラブレター」の企画・プロデュース、エンタメDAOプロジェクト「SUPER SAPIENSS」発起人のひとりとして堤幸彦監督作の製作など、枚挙にいとまがない。
また、2020年に全国で公開され、第44回日本アカデミー賞最優秀作品賞と最優秀主演男優賞を受賞したプロデュース作「ミッドナイトスワン」が、快挙を成し遂げた。毎週水曜日にTOHOシネマズ日比谷での上映が続き、185週目となる今年6月26日、遂に最終上映を迎えた。
「3年9カ月にわたるロングラン上映は、日本映画史上最長とうかがいました。こんなに長く上映してもらえるとは思ってもみませんでした。毎週、客席の半分以上が埋まっているのを目にしていたので、こんなに愛される映画になったんだなと感慨深くなりました。
この作品は、草なぎ剛さんが出演してくれなければ作ろうと思いませんでした。僕の中では、彼しかできないと思ったから。脚本以外何もなかったけれど突っ込んでいったら、草なぎさんが『僕は凪沙の気持ちが分かるし、やれると思う』と仰ってくれた。そこから奇跡が始まっていたんですね。
毎週水曜日に日比谷へお越しになってくださるファンの方が絶えずいたからこそ。お客様の力でしかないと思っています。そして、内田英治監督が作り出した物語が、お客様の心を掴めなかったら、こんなことは起こらなかった。草なぎさんも、服部樹咲ちゃんも、スタッフも全員が同じ方向をむいて、必ず良い作品にするんだと信じて疑わずに製作した“気”みたいなものが、映画に乗っかったのでしょうね」
足かけ4年に及ぶ“奇跡”に思いを馳せる森谷氏だが、どんな時も前を向き、笑顔を絶やさない。森谷氏にとってライフワークともいえる作品が、石原まこちんのコミックを原作にした「THE3名様」だ。フリーター3人組が深夜のファミレスで会話を繰り広げるだけの脱力感あふれる内容で人気を集めるシチュエーションコメディで、ジャンボ役の佐藤隆太、まっつん役の岡田義徳、ミッキー役の塚本高史が主演を務めている。
2005年のスタート後、22年4月には12年ぶりの新作として、映画「THE3名様 リモートだけじゃ無理じゃね?」が1週間限定で公開。しかし、新宿バルト9をはじめとする劇場が想定外の満席続きだったことは記憶に新しい。あれから2年、「THE3名様Ωプロジェクト2024」として、フジテレビが運営する動画配信サービスFODで5月24日から完全新作の連続ドラマの配信、そして同じく完全新作「映画 THE3名様Ω これってフツーに事件じゃね?!」が、8月30日から公開される。
「前作が1週間限定公開という触れ込みで始まったのですが、5週間以上も公開するという実績が作れました。僕と主演の3人は、常に連絡を取り合いながら色々と話し合っています。前作の公開が落ち着いて、お疲れさま……となった時、すぐに『次どうする?』という話になり、今までにない展開で連ドラをやりたいねということになったんです。
僕は2年後くらいにやれたらいいなと思いながらも、その直後から動き回ったんです。プロデューサー的な見地からだと、ビジネスで考えたときに映画公開までの道筋は構築しておきたかった。そこで、FODでの連ドラ、地上波やTverでの展開、そして映画公開に繋げていった方がひとつのプロジェクトとして括れると思い、全体パッケージにすることで仕掛けたんです。
そんな事をしながら、演出もしなければならない(笑)。年末年始で撮影をしたのですが、僕の中でも映画は絶対に続けたいという思いもありました。前回あそこまでお客様が喜んでくれましたし、映画がなかったらファンの方々も寂しいんじゃないかな。みんなで観て、笑ってもらいたいんですよね。原作の石原まこちん先生が脚本を書いてくださいますし、僕は直接的な熱を持って3人と一緒に真剣に作り続けていくだけです」
出会いを殊のほか大切にする森谷氏が、「ミッドナイトスワン」で銀幕デビューを飾った服部のその後にも心を配ってきたであろうことは、想像に難くない。服部にとって長編映画初主演作となった「BISHU 世界でいちばん優しい服」は、愛知県尾張西部から岐阜県西濃にまたがり、世界三大毛織物の産地として世界的に注目を集める尾州地域を舞台に、尾州ウールの織物工場を営む家族の物語を描いたドラマ。服部が今作で演じる史織には発達障害があり、明るく誰に対してもフレンドリーな反面、生活習慣へのこだわりが強く苦手なことも多いという役どころだ。
森谷氏は、服部の現場での佇まいに驚きを禁じ得ないという。「これは『ミッドナイトスワン』で草なぎさんの現場への向き合い方を見ていたからなんでしょうね。撮影当時17歳でしたが、いかにしてこの役を自分が体現していくのか……みたいなことへのストイックさが半端なく、彼女は本物ですよ」と姿勢を称賛する。
「キャリアが映画からスタートしたことも関係しているんでしょうね。彼女の持っているものが映画的だな……と感じる瞬間だらけで。そうすると、どうなるかというと、作り手側もスイッチが入るんです。そういう装置を草なぎさんもお持ちなんですが、樹咲ちゃんも同じだなと思うことが多々ありました」
また、今作が発達障害を抱える少女と少年の姿を描くため、森谷氏は「そういう題材に向き合う覚悟」を製作サイドに求めたという。
「プロデュースを依頼された際、こういう題材をやるのなら適当なことはできませんよとお伝えしました。僕の家族にそういう存在がいて、10年以上もその状況と向き合ってきたので嘘は描けません。家族としての苦労も経験してきているので、今回プロデューサーとして最も緊張感を持ってやったのはそこですね。僕の家族にもこの作品を観てもらわなければいけないし、面白おかしく作り物のようにはできない。
僕は“特別視しない”ということを、スタッフの前で言いました。“かわいそう”と思って作ってはダメですと。逆なんだ、素晴らしい才能を持っているんだと思いながら作ってきた。きっと良い映画になると思うし、いま一番この映画を観てもらいたいのはうちの家族です」
八面六臂の奮闘を続けながら、それをサラリとやってのける森谷氏は現在58歳。還暦が近づきつつあるが、2025年は独立してアットムービー設立から20年になる。
「20年もやってきたんだから、アットムービー映画祭をやったら? と言われるんです。僕が理事を務めている(長野県の映画館)上田映劇で、1週間くらい上映すればいいのにと。こうして言われるまでそんなに意識してこなかったけれど、確かに何かやらないといけないかもしれませんね。あんまり振り返るのが好きではないし、自分の作ってきたものをまとめて映画祭にするという発想がなかった。面白いかもしれませんね」
今年はカンヌ国際映画祭へひとりで視察に訪れるなど、旺盛な好奇心も衰え知らず。25年にはプロデュースした自信作「35年目のラブレター」(塚本連平監督)の公開も控える。このあと、どのような一手を打ち込もうとしているのか、今後も目を離すことができそうにない。
執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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