【「ノーヴィス」評論】確信犯として人を不快にすることも辞さない一作
2024年11月10日 08:00
「さりげなく微妙な映画だったりはしない。そのせいでそっぽを向いたり引いたりする人もいるでしょうね。だけど私はみんなの顔に平手打ちを食らわせたいと思ってた」(Roger Ebert.com 2021年12月20日)
確信犯として人を不快にすることも辞さない一作をひっさげ監督デビューを飾ったローレンス・ハダウェイ。脚本・編集も自らした「ノーヴィス」は、実際、なまぬるさを迷いなく駆逐して、見続けるのが辛い、でも突き放せない、そんな居心地悪さの極致を差し出し挑み続ける。大学のボート部の新入りを主人公にしながら爽やかなスポ―ツ・ドラマを退けほとんどホラーな領域へと突進する。
新入生アレックスは「困難だからこそ挑戦する」というJ・F・ケネディの言葉を自らに着せかけて、一番苦手な物理を専攻し、小テストでもなりふり構わず最後のひとりとなるまで居座り粘る。涼しい顔で一番になる類の天才であるよりはジタバタな努力の人。ボート部でも肉体の限界に挑むように自主練をつきつめる。血のにじむ努力などという常套句がほとんどジョークと響くような、青ざめた狂気の世界へと限りなく没入していく。その姿はやがて苦しさゆえの快感、官能をさえ縁取っていく。凄絶な自傷願望とも映る独りの時間を、ゆるやかに水の景色が包み込み、そこにブレンダ・リー、コニー・フランシスといった1960年代の甘いラブソングが流れると、甘さのかけらもない所にいるアレックスのまなじり決した顔に見入らずにはいられなくなる。サウンドクリエイターとしてクエンティン・タランティーノ監督「ヘイトフル・エイト」等々の音響を手がけてきたハダウェイならではの音の奥行が映画を支える様も見逃せない。
スローモーション、こま落とし、幻想、夢想――と、大仰なスタイルを屹立させて映画はヒロインを駆り立てる切迫感を観客の目に、肌に、胸にねじ込んでいく。その切迫感は海外評でしばしば比較されている「セッション」(この音響もハダウェイが担った)や「ブラック・スワン」を思わせもするけれど、ここには狂気を煽る鬼教官も鬼ママも存在せず、あくまで自分との闘い――という意味では実存的恐怖の世界を究めているともいえるかもしれない。「目標を設定して励むタイプ」(sagindie.org 2021年12月13日)を自認するハダウェイ自身の半自伝的物語の芯にある困難に挑ませる何か、その磁力がどこかで人そのもの、誰もの根源にある狂気に触れて、だから見届けずにはいられない磁力を射ぬくのか。そんな興味深さの源をみつめてみたい。
蛇足になるが主人公の恋の描き方に関する監督の発言も引いておこう。「『知ってることを書け』との助言に従って書いた。私は女子ボートチームに所属していたし、クィアでもある。ただそれだけ。ジェンダーや性的思考に関するメッセージ的な物語を意図したことはない」(プレスより)
執筆者紹介
川口敦子 (かわぐち・あつこ)
映画評論家。著作に「映画の森―その魅惑の鬱蒼に分け入って」(芳賀書店)、訳書には「ロバート・アルトマン わが映画、わが人生」(キネマ旬報社)などがある。
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