コラム:下から目線のハリウッド - 第9回

2021年5月14日更新

下から目線のハリウッド

製作費よりもお金がかかる!? 映画の「宣伝」の舞台ウラ!

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、映画の「宣伝」にまつわる、あんな話やこんな話をお届け! 宣伝広告費でまかなう意外すぎる経費から「世界同時上映」の効果まで、その内幕を語ります!


久保田:今回はなんと、我々がズブズブの関係にある映画.com編集部の方からいただいたテーマです(笑)。もう私は日々、映画.comさんで映画の情報をとってますからね。

三谷:やはり、日本最大の映画情報サイト「映画.com」ですから(笑)。

久保田:映画.comさんのプロモーションみたいな入り方になってますけど、今回はね、いただいたテーマが「宣伝」ということなので。

三谷:はい。こんな感じでいただいています。「ハリウッドでの『映画宣伝』について聞かせてほしいです。日本では、メディアに情報を一律解禁して発表していますが、米国の場合、どこかの媒体が情報をキャッチする、みたいなことが多そうなのかなと。映画の宣伝の内幕はどうなっているのか興味深いです」ということです。

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久保田:たしかにハリウッドの宣伝は規模違いそうだし、いろいろ作法も違いそうですね。

三谷:そうですね。ただ、質問にある「一律解禁」というのは、ハリウッドでもあります。一応、箝口令みたいなのが敷かれていて。

久保田:あるんだね。

三谷:よくあるのが「撮影現場にプレス媒体を呼ぶ週間」みたいなものですね。その期間中に、各媒体の人が来て、現場を案内されたり俳優にインタビューをしたりといった一通りの取材をしまくる時期が各映画の撮影中にあるんです。

久保田:その期間に集中させるわけだ。

三谷:そうです。それで、映画が本格的に宣伝やマーケティングをするタイミングで出していいですよ、という日が、一応決まっているんです。それより前に出すとルール違反で問題になったりします。

久保田:それは宣伝プロデューサーみたいなのがいるわけですか?

三谷:そうですね。アメリカ映画だと、その現場にいる「パブリシスト」という人がいます。その人はパブリシティの人になるんですけども――まずは「パブリシティ」と「宣伝」ってどう違うのって話ですよね。パブリシティは、「無料の宣伝」といいますか…。

久保田:いわゆる「広報活動」ですね。メディアに情報を提供して、広く紹介してもらえるように働きかける。メディア側は、価値の高い情報だと思ったら取り上げてくれるし、取り上げてもらえないこともあるし。

三谷:そうです。一方で「宣伝」は、自分たちでお金をかけて宣伝活動をすることですね。若干な違いはありつつも、映画の認知を広げて一人でも多くの人に来てもらう意味では同じ効果があります。

久保田:それを統括しているのが「パブリシスト」?

三谷:まず、現場にパブリシストがいて、あとはスタジオ側にマーケティング部門の人がいて、「この映画はなにをウリにしようか」とか「どんなメイキング素材を撮っていこうか」みたいなことが話し合われていきます。

久保田:なるほどなるほど。それは別々で動いているんですね。

三谷:そうです。それらを取りまとめるのは「プロデューサー」です。パブリシストやマーケティングの間を行ったり来たりするとか、あるいは、関係各社との調整をしたりするわけです。

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久保田:宣伝ってどれくらいお金使うんですか?

三谷:宣伝費に関しては、日本とアメリカでかなり違うんですけども。アメリカの映画宣伝費は、大きな作品だと100億円から200億円くらいまでの範囲で使います。

久保田:すげぇ使うじゃん!

三谷:その規模の作品は全世界公開するということもあるんですが、単純にすごいお金はかけます。

久保田:それって、ぶっちゃけペイするの?

三谷:いやぁそれはね。もちろん、当たればペイします。当たらなければ「なんでこんなにかけちゃったんだろ……」みたいな疑問が浮かんだりはしますね(笑)。

久保田:そりゃそうだよね。

三谷:たとえば、僕はある映画の監督のアシスタントについたことがあったんですけど、そのときも、東京に主演俳優を集めたりしてプレスツアーみたいなことをやったんですよ。

久保田:はいはい。これ、詳しくは言いませんけど、すごくスベッた映画だったんですよね?

三谷:残念ながら興行的には、はい(笑)。で、そういうツアーに参加する人たちの扱いは超VIP級なんですね。フライトはファーストクラスだし、ホテルはスイートルーム。しかも、ツアーに参加している人たちには、「パーディアム(Per diem)」と呼ばれる、滞在中の一日のお小遣いが出るんですけど、それも何万円みたいな感じですし、ルームサービスやその他の経費みたいなものも、全部スタジオ持ちなんですね。

久保田:へぇ~。

三谷:しかも、「プラスワン」と言って、参加者はもうひとり同伴者を連れてきていいよ、みたいなのがあって、たとえば恋人だったり奥さんや旦那さんを帯同させられるんです。映画の宣伝目的であれば、それらのお金も全部カバーされます。

久保田:で、そこまで宣伝費かけた結果、ものすごいスベるわけですよね(笑)。

三谷:そうなんですよ(笑)。

久保田:ド派手ですよね~(笑)。

三谷:でもまあ、でっかい制作費をかけたから、ちゃんと回収したいから、でっかく宣伝しようってなるんですよね。スタジオの心理としては。

久保田:でも、その宣伝にスイートルームは関係ないじゃないですか(笑)。

三谷:だからそこは正直、「こんなお金の使い方していいのかな……」みたいなのは思ったりしますよね。

久保田:いやぁすごいな。毎回、スイート、スイート、スイート。お小遣い、お小遣い、お小遣いみたいな。なんですか、元旦ですか(笑)?

三谷:ホントに、毎日お年玉もらっているようなものですよ(笑)。

久保田:それでいてド派手にスベるって。自分の懐が痛まないから爆笑できるね、これ(笑)。

三谷:なので、誰かが超赤字で苦しんでいる間に、監督とかキャストとかスタジオの人とかは、じつはわりと優雅に過ごしてたりするんです。

久保田:どういう顔しているんですかね、大スベりしているときの監督さんとかは。

三谷:監督は自分の評判や将来の仕事にも関わってくるので、冷や冷やしてますよ。「反応はどうなんだ!」って5分おきに聞かれるみたいなことがありましたね。

久保田:他の人はどうなんですか?

三谷:他の人はそこまで当事者ではなかったりするので、受けられる恩恵は受けようかなって感じで。一本10万円する日本酒のボトルを開けて会食をしながら、広告宣伝活動をしているみたいな。

久保田:そのうえでスベるわけなんですよね?

三谷:そうなんです。

久保田:前日の夜に10万の日本酒を開けて翌日スベるわけですから、これはもうすごい世界ですね~(笑)。

三谷:ですね(笑)。でも、そういった諸々はもう計上されているというか。製作費100億円以上の大きな映画になったら、広告宣伝費もだいたいそれと同じ、あるいは、ちょっと多いくらいの費用が織り込まれているです。

久保田:制作費と同じくらいかけるってことは、回収も倍になるってことだよね?

三谷:そうです。だからスタジオとしては、制作費の2倍くらいが回収される必要があるんです。ただ、興行収入の約半分は劇場にいくことになるので、すべてを合わせると、制作費の約4倍の興収を上げれば黒字になる、という世界ですね。

久保田:すごいな…。

三谷:あとは、もちろん予告編や宣伝のポスターを作ったり、テレビCMの枠を買ったりとか、そういうのも広告宣伝費でやりますが、ただ本当はもうちょっとスマートにできるよねっていうご指摘はその通りだと思います(笑)。

久保田:それでも業界としてはうまく回るから、それで続けられているってことですもんね。

三谷:そうなんです。ひとつ大当たりした映画が、他のスベった映画の損失分を補填して、さらにちょっと黒字になる、みたいな。そのモデルでなんとかやっている感じですね。

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久保田:広告費が一番投下されるものってなんですか?

三谷:なんだかんだでテレビが一番高いんじゃないですかね。たとえば「スーパーボウル(アメリカンフットボールNFLの優勝決定戦。アメリカでは毎年、視聴率40%を超える)」のコマーシャル枠はものすごい激戦で、シノギを削って広告枠を争ったりしているようですね。もちろんスーパーボウルだけにCMを出すわけじゃないので、露出させようとすればするだけ広告費も投下されていきます。

久保田:そこまでやってもスベるときはスベるし、バクチ性は高いよね。

三谷:ですね。かと言って「この映画スベってるな」という状況だったとしても、回収はしないといけないから、結局、宣伝はしないといけないんですよね。この映画売れてないから宣伝費も抑えようとなったら、それこそ何も回収できなくなるので。

久保田:興行収入以外で補填するってことはできるんですか?

三谷:昔、DVDが隆盛していた時代は、DVDのセルやレンタルの売上で、かなり補填できていたんですけど。当時は、なんだったらそっちの市場の方が大きかったりして。

久保田:今はないでしょ?

三谷:今はもうほとんどないですね。しかもストリーミングとかになってるので、1回配信にのっかると全世界に公開されちゃう。なので、収益で言うと一時期よりは上がりにくくなっているのは現実問題としてありますね。

久保田:ちなみに、ハリウッド映画ならではのプロモーションとか宣伝のトリッキーな方法や仕掛け方ってあるんですか?

三谷:たとえば、全世界同時公開とか。これはなかなか高度な仕掛けでございまして。

久保田:時差を間違えたりしたら大変だもんね(笑)。

三谷:時差もそうですし、本編の映画自体が完成されて、かつ、字幕をつけたり、吹替えしたりして、完パケた状態でドンって一斉にやらないといけないから、そこはやっぱりコーディネートが難しい。

久保田:それはハリウッドの本体ではやらずに、国ごとに現地でやらせるの?

三谷:国ごとに現地でやります。ハリウッドではやらないですね。大きなスタジオは世界各地に支社を持っていたりするので、そこが管理する感じです。

久保田:それ、「すいません!できませんでした!」とかってあるの?

三谷:これまではないですね(笑)。

久保田:パラオ諸島だけフライングで出ちゃいました、みたいな。でも「まあいいか、パラオだから!人口少ないからいいだろ!」みたいな(笑)。

三谷:フライングは今のところないですかね、たぶんですけど(笑)。

久保田:でも、「世界同時公開」って何がすごいんだろ。だって国が違うから「世界同時です」って言っても誰がテンション上がるんだろう?

三谷:今はもうその効果はあんまりないですけど、やっぱり「イベント性」が高まるというか、ワールドカップをみんなで一緒に見るみたいな雰囲気ですよね。

久保田:あ~。「スター・ウォーズ」とかで全世界同時間でコスプレして盛り上がってるのとかあったりするもんね。

三谷:そうなんです。そこのイベント感というか、一回こっきり感を出すというのはひとつの演出ですよね。

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久保田:なるほどなぁ――というところで、そろそろ宣伝の話を締めくくりたいんですけど。

三谷:では、最後に私たちの宣伝をしましょうか(笑)。

久保田:しておきましょう(笑)。こちらのコラムは、音声配信がベースになっていますので、ぜひ音声のほうも聴いてください。コラムのすぐ下にPodcastのリンクがありますので。

三谷:あと、番組の公式Twitterアカウントもあります。番組のへのお便りや感想はそちらまでお寄せください。私の「筆者紹介」の欄にリンクがございますので、よろしくお願いします(笑)。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#32 製作費よりもお金がかかる!? 映画の「宣伝」の舞台ウラ!)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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