コラム:下から目線のハリウッド - 第13回

2021年7月9日更新

下から目線のハリウッド

もし、ハリウッドで「ストライキ」が起きたらどうなる? ~映画業界団体の舞台ウラ~

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、どの業種にもある「業界団体」。団体にヒエラルキーはあるのか、もしハリウッドでストライキが起きたらどうなってしまうのかを語ります!


久保田:世の中にはいろんな会社とか組織がありますけど、ほとんどの業界で「業界団体」とか「組合」ってありますよね。ハリウッドの映画業界にもそういうのあるんですか?

三谷:ありますあります。

久保田:やっぱりあるんだね。でもさ、業界によってしっかり影響力とか強制力がある業界団体や組合と、なんとなくフワッとしている団体があるじゃないですか。

三谷:それで言うと、ハリウッドの映画業界団体は、生活がかかっているレベルのしっかりした組織になってます。映画会社の組合だったり、俳優の組合だったり、監督や助監督や脚本家の組合もありますし、現場スタッフの組合もありますね。

久保田:へー!そんな粒度であるんだ。プロデューサーの組合もあるの?

三谷:「労働組合」という形ではないです。プロデューサーって、組合みたいなもので守られる存在ではないと言いますか。企画や仕事を生み出す側の立場にあるので、その人たちを労働基準で守るっていう性質のものではないんですね。

久保田:じゃあ、労働者として扱われてないってことなんだ。

三谷:極論するとそうですね(笑)。一応、プロデューサーの業界団体はあるんですけれど、労働組合的な意味は持ってないんです。

久保田:プロデューサーの団体では、どんなことが話し合われるの?

三谷:「プロデューサーってこういうことしたほうがいいよね」とか、それこそ前回のコラムでも紹介した「“プロデューサー多すぎ問題”を解決するのにクレジットのルールを決めなきゃいけないね」とか労働基準とはまた違った軸のことを話したりしています。

久保田:へ~。そこで決められたことって、業界内に影響力あるんですか?

三谷:ある程度は業界内でのパワーはありつつ、法的なパワーはあまりない感じですかね。逆に脚本家組合とかは、ガチな労働組合なのでアメリカの連邦法に基づいて築かれている団体なんです。

久保田:そういう組合になると何を要求できるの?

三谷:たとえば、最低賃金の交渉とか健康保険のこととか、基本的な労働条件を保証してくれるという役割があります。日本でもほとんどの会社にあると思うんですけれど、それと同じような感じであるわけです。脚本家は基本的にはフリーランスなので、団体という形で集まって労働条件が守られるようにしているわけですね。

久保田:それが俳優さんとかスタッフさんとかにもあるわけだ。でも、映画って分業されているとは言え、一丸となって製作するものじゃないですか。業界団体がいっぱいあると、まとまり悪くなったりしないんですか?

三谷:そこは団体同士で「最低限こういう部分はお互いに守りましょう」みたいなルールを何年周期とかで決めて、改定していく話し合いをしていくんです。なので、わりとシステマチックに回っている感じですね。

久保田:へ~。しっかりしてるんだ。

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久保田:すごい下から目線の質問なんですけど。ハリウッドの映画業界団体でのヒエラルキーってあるんですか?

三谷:業界団体ごとのヒエラルキーですか? まぁ、表向きはないんですけれど…。

久保田:それはもう「ある」って言ってるじゃん(笑)。

三谷:なにか含みがあるわけじゃないんですけれど(笑)。ヒエラルキーが垣間見える瞬間はあります。たとえば、日本で言うところの春闘(春季生活闘争/春季労使交渉)みたいなものがあるんですけれど。

久保田:春闘だと、労働組合が企業の経営側と交渉するじゃないですか。映画業界の場合、どこと交渉するんですか?

三谷:映画スタジオや大手製作会社とかがまとまってる団体っていうのがありまして。そこと各業界団体――監督や俳優や脚本家とかの組合ですね――とで交渉が行われるんですが、じつはその「交渉の順番」っていうのは慣習的に決まっているんですよ。

久保田:へ~。

三谷:監督、俳優、脚本家だったら、最初は監督の団体が交渉することになってるんです。で、たとえば「条件を変えてほしい」とか「待遇を良くしてほしい」といったことは一番最初に交渉する立場が有利だったりするんですよね。

久保田:はいはい。まだ前例とか先例がないところで交渉できるからね。

三谷:そうです。そういう観点から言えば監督は優遇されているともとれるわけです。脚本家組合や俳優組合は、スタジオや製作会社と監督の団体で決まったことをベースに交渉しなきゃいけないので、ちょっとだけ不利な部分はありますね。

久保田:日本だとそういう交渉事って、なんだかんだ言って妥結するじゃないですか。アメリカって妥結しなさそうですよね。

三谷:アメリカは闘いますね。交渉の期限内に話がまとまらないこともあるわけです。

久保田:期限超えるとどうなるんですか。

三谷:ストライキです。リアルに「仕事しません!」という状況になります。

久保田:それはマジで働かないの?

三谷:マジで働きません(笑)。みんなでプラカードを持ってデモ行進して「◯◯を是正しろー!」みたいに労働者の権利を主張する日々が始まります。

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久保田:ちなみにプラカード持って行進している時間は、労働時間にはならない?

三谷:なりませんね(笑)。

久保田:やる気ない会社員みたいに「いや、出ろって言われたから出てますけど…」みたいなことってないのかな(笑)。

三谷:そういう人もいなくはないでしょうね(笑)。

久保田:ロケ弁みたいな感じで「行進参加しますけど、デモ弁は出ないんですか?」みたいな。

三谷:そこは残念ながら手弁当ですね(笑)。

久保田:マジかー。まぁ、自分も含めたみんなのために闘ってるわけだからね。

三谷:でも、スト中でもこっそり仕事をしちゃう人も出てくるみたいで、そういう人は徹底的にディスられますね。

久保田:やっぱそういうのはバレちゃうんだ。

三谷:そんな感じで一切仕事をしなくなるので、進行中だった作品の展開が変わってしまうこともあるんです。日本で知られている作品ですと、TVシリーズの「HEROES ヒーローズ」なんかがそうですね。

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久保田:マシ・オカさんが出てたやつだ。

三谷:そうですそうです。2007年11月から2008年2月まで、大規模な脚本家のストライキがありまして、元々、24話の予定だったシーズン2を11話で終わらせることになったんです。

久保田:へー!

三谷:それくらいの長さでストライキが続くと、そのとき撮影している分の脚本はあっても、その次がない、みたいな状況になりますよね。それで残りのスタッフでなんとか作品を収束させる形にしたっていうことがあったんです。

久保田:そういうストライキは頻繁にあるんですか?

三谷:そこまでの規模はなかなかないです。ただ、ストライキって、それ自体が交渉材料――要するに、「スト起こしちゃうぞ」「そうしたら現場止まっちゃうぞ」という切り札――にもなるので、いつもギリギリでまとまるという展開になりやすいです。

久保田:映画でありそうな、爆弾解体処理班が残り1秒でコードを切ってカウントが止まるシーンみたいな。

三谷:まさにそんな感じです(笑)。実際、ストライキになってしまうとお互い困るけど、譲れないところはあるからギリギリになるわけです。

久保田:製作会社やスタジオは今つくっているものが止まっちゃうし、脚本家自身もその間は収入がないから、なるべくならストは避けたいよね。

三谷:そうなんです。交渉の時期になると、どういう状況か、とか、どういう争点があるのかといったことが連日のように業界紙で発信されます。

久保田:そういう交渉事って、「この人を押さえておけば大丈夫」みたいな人っていないんですか? なんだかんだ言ってあの人の鶴の一声で物事がきまっちゃうみたいなパワーを持っている人とか。

三谷:だいたいの業界団体が、交渉を担当する人を、毎回投票とかで決めて変えているので、いわゆる癒着みたいなことは起きにくい構造になってますね。

久保田:すごい。つくづくしっかりしてるね~。

三谷:ちなみに、組合に入っていると労働条件とかとは別にちょっとオイシイこともありまして。

久保田:なんですか?

三谷:各団体ごとに、その団体が選ぶ映画賞があるんですね。「全米脚本家組合賞(Writers Guild of America Award)」とか「全米映画俳優組合賞(Screen Actors Guild Awards)」とか。それに伴って、団体や組合に入っている人は、最新の映画のDVDやストリーミングのリンクとかが無料でもらえるんです。

久保田:なるほど。「ノミネートされた作品の投票に向けて観てくださいね」ってことだ。

三谷:そうなんです。なんだったら現在進行形で劇場公開されている最新作とかが観られる特典があるんですよ。そんなわけで映画業界団体の話をしてきましたけど、けっこう団体交渉とかストライキのニュースを追っていると、業界全体のトレンドとかも見えてくるので面白いんじゃないかなと思いますね。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#18 もし、ハリウッドの映画人が業界で「ストライキ」を起こしたら ~意外に知らないハリウッド業界団体のハナシ~)でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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