酷薄で危険な社畜女2本立て : 芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル

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コラム:芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル - 第9回

2009年8月25日更新

第9回:酷薄で危険な社畜女2本立て

面白い映画に悪党が出ているとは限らないが、魅力的な悪党の出ている映画は、まずまちがいなく面白い。これは格言に近い。私の経験からいってもほぼ正しい。

悪党は、負の感情を解き放つことが許されている。悪党は、モラルに縛られない。いいかえれば、魅力的な悪党は快楽的だ。魅力的な悪党は知性が高い。そんな悪党の出ている映画を探してみよう。昔ながらの「2本立て=ダブル・ビル」形式を借りて、幻の映画館で悪党と悪党を競わせてみよう。今回は、会社のためならどんな悪事でも働いてみせる、ふたりの「社畜」女の横顔を見比べてみることにしよう。

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「社畜」という言葉を初めて耳にしたのはそう古いことではない。教えてくれたのは年下の友人だ。私は、ほうと思った。「家」を「社」に置き換えただけの発想にはちがいないが、ニュアンスがおかしい。

私は「ディスクロージャー」のデミ・ムーアを見て、あ、これかと思った。「フィクサー」のティルダ・スウィントンを見たときは、深くうなずきたい気分になった。どちらも、容姿の整ったビッチだ。図太くて、非情で、高飛車で、頭が切れる。おまけに、会社のためという口実があればどんな悪事も働く。たぶん彼女たちは、会社に忠誠を誓っているのではなく、会社の衣を借りて「内なる悪」を存分に解き放っているのだろう。こういう女に狙いをつけられたら、大概の男はひとたまりもなく倒されてしまう。

社畜、恐るべし。「ディスクロージャー」のマイケル・ダグラスや「フィクサー」のジョージ・クルーニーは、この怪物とどのように戦ったのだろうか。

■「ディスクロージャー」のメレディス

本筋以上にインパクトが強いムーアの悪女っぷり 本筋以上にインパクトが強いムーアの悪女っぷり Photo:Album/アフロ [拡大画像]

女が男にセクシャル・ハラスメントを仕掛ける。この一事をもって「ディスクロージャー」は世に知れ渡った。仕掛けたのは、デミ・ムーアが扮するハイテク企業の副社長メレディス。仕掛けられたのは、マイケル・ダグラスが演じる同じ会社の部長トムだ。

トムは新製品の開発に活躍し、副社長の座を目前にしていた。ところがその座は、外部から招かれたメレディスに横取りされてしまう。しかもふたりには、かつて同棲していたという過去がある。かなり強引な設定だ。

メレディスは、地位と権限と高価なワイン(パルマイヤー91年のシャルドネ)を利用してトムに復縁を迫る。いまは平和な家庭を営むトムがかろうじて拒むと、セクハラを受けたのは自分のほうだと話を捏造し、トムを破滅に追い込もうとする。ただし背後には、陰謀と裏切りが渦巻く社内政治の暗闘がある。映画の本筋も、こちらに力点がかかる。

にもかかわらず、パワースーツの上着を脱ぎ捨て、スカートの裾をめくりあげて男に襲いかかるメレディスの姿は、映画の本筋以上にインパクトが強い。ムーアも、見るからに押しの強そうな容姿を生かして、なにもかもが計算ずくの悪女になりきろうとする。

いいかえれば、メレディスには病的な体質がない。クールで残酷でアモラルだが、特異な病理は感じさせない捕食性のアニマル。逆にいうと、ちょっと鈍重なところのあるムーアの顔つきは、ハイテク企業の副社長には似合わない。ま、いいか。そもそもがご都合主義の目立つ映画なのだし、マイケル・ダグラスのほうも、敏腕の技師という印象は弱い。これはやはり、あのセクハラ・シーンでのみ記憶される映画なのかもしれない。

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ディスクロージャー

原題:Disclosure
監督:バリー・レビンソン
原作:マイケル・クライトン
出演:マイケル・ダグラス、デミ・ムーア、ドナルド・サザーランド
1994年アメリカ本映画/2時間8分
発売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
価格:933 円(税抜) DVD発売中

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■「フィクサー」のカレン

スウィントンは本作の演技でアカデミー助演女優賞を受賞 スウィントンは本作の演技でアカデミー助演女優賞を受賞 Photo:Photofest/AFLO [拡大画像]

フィクサー」は一風変わったスリラーだ。通常の分類に従えば、リーガル・スリラー(法律物)ということになるのだろうが、実情は、立場の異なる弁護士たちの、複雑な「内戦」と呼ぶほうがふさわしい。

話の背景には、危険な農薬を垂れ流す大企業がある。その企業に雇われた弁護士事務所には、企業側に立つ経営者(シドニー・ポラック)もいれば、被害者側に揺れてしまった弁護士アーサー(トム・ウィルキンソン)もいる。主人公のマイケル(ジョージ・クルーニー)は、同じ事務所に属しながら「清掃係」的な仕事を任されている弁護士だ。

事務所側は、マイケルを使ってアーサーの動揺を収めようとするが、企業側はさらに冷酷だ。社内の法律担当カレン(ティルダ・スウィントン)は、どんな手を使ってでも企業の失策を隠蔽しようとする。となれば、彼女の毒牙は当然アーサーに伸びる。アーサーの周囲を徘徊するマイケルにも、危険は刻々と忍び寄ってくる。

スウィントンは、カレンの役にぴったりだ。頭の切れそうな顔。酷薄な態度。身ぎれいで冷たくて神経質で、いわば白い歯をした鮫だろうか。しかもこの鮫は、深海だけではなく泥水のなかでも泳ぎまわってみせる。

もうひとつ、私が感心したのはスウィントンの声の使い方だ。ドライでクールな発声で押し通すかと思いきや、話の急所に来ると、彼女の声は不安定に震えはじめる。マクベス夫人を思わせる陰謀家の印象が強いだけに、突如乱れる声は、妙にリアルだ。あの声は、映画の序盤で映し出された彼女の腋の下の大きな汗じみと呼応しているのだろう。

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フィクサー

原題:Michael Clayton
監督・脚本:トニー・ギルロイ
製作総指揮:スティーブン・ソダーバーグ、アンソニー・ミンゲラ、ジョージ・クルーニー
出演:ジョージ・クルーニー、ティルダ・スウィントン、トム・ウィルキンソン、シドニー・ポラック
2007年アメリカ映画/2時間
発売・販売元:東宝
価格:3990円(税込) DVD発売中

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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