フェリシタスとミルドレッド : 芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル

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コラム:芝山幹郎 悪党のいるダブル・ビル - 第5回

2009年4月28日更新

第5回:フェリシタスとミルドレッド

面白い映画に悪党が出ているとは限らないが、魅力的な悪党の出ている映画は、まずまちがいなく面白い。これは格言に近い。私の経験からいってもほぼ正しい。

悪党は、負の感情を解き放つことが許されている。悪党は、モラルに縛られない。いいかえれば、魅力的な悪党は快楽的だ。魅力的な悪党は知性が高い。そんな悪党の出ている映画を探してみよう。昔ながらの「2本立て=ダブル・ビル」形式を借りて、幻の映画館で悪党と悪党を競わせてみよう。第5回は、映画史に燦然と輝く2大女優の悪党ぶりを見比べてみたい。

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グレタ・ガルボとベティ・デイビス。ガルボが1905年生まれで、デイビスが1908年生まれ。たった3歳しか年がちがわないのに、両者は対照的な歩みを見せた。ガルボが無声映画で大輪の花を咲かせて早々と映画界を去ったのに対し、デイビスは20代から50代までそれぞれタイプの異なる悪女を演じ分けながら恐るべき長距離走者ぶりを示したのだ。そんなふたりが、8年の間をおいてどちらも実にユニークな悪女に扮している。その役作りと妖しい魅力を探ってみよう。

■「肉体と悪魔」のフェリシタス

「接近戦」に強かったグレタ・ガルボ 「接近戦」に強かったグレタ・ガルボ [拡大画像]

グレタ・ガルボは無声映画の女王だった。初めて喋った「アンナ・クリスティ」(1930)や初めてのコメディ「ニノチカ」(1939)など、トーキーにも佳作はあるが、共演男優と観客をともに虜にしたのは、やはり無声映画時代のガルボだろう。

最良の見本が「肉体と悪魔」(1926)だ。ガルボはこの年、21歳だった。現代の尺度からいうと、恐ろしく成熟している。すらりとした立ち姿、男を見下ろすような眼、薄い上唇を半開きにした誘惑の気配、キスシーンの巧さ……どれをとっても、ガルボはファム・ファタルの条件を満たしている。

ガルボが演じたのはフェリシタスという謎の伯爵夫人だ。彼女は、近寄る男たちの運命をつぎつぎと狂わせる。夫が不在の間に若い恋人を作って夫を死に追いやり、その恋人が戦地から戻ると、彼女は親友の妻になっている。なんともはや、というしかない筋書だが、この無茶苦茶を観客に受け入れさせたのは、やはりガルボの磁力だろう。

とくに驚異的なのは「接近戦」での巧者ぶりだ。よく見るとちょっと猫背で、首や二の腕なども野暮ったいほどに太いのだが、息のかかる距離に入り込むと、勝負は一瞬にして決まる。眼と唇がかすかに動き、妖しい煙がそこから立ちのぼるや否や、惑わされた男たちはたちまち情欲の渦に溺れてしまうのだ。

逆にいうと、ガルボほどクロースアップの似合う女優は珍しかった。大写しに耐えるのではなく、大写しになればなるほど華やぎと妖気が高められていくのだ。そんな彼女が、私生活では男っぽいほどさばさばした性格だったことは、むしろ納得がいく。ガルボは36歳で映画界を去った。

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肉体と悪魔

原題:Flesh and The Devil
監督:クラレンス・ブラウン
出演:グレタ・ガルボ、ジョン・ギルバート、ラース・ハンソン、バーバラ・ケント
1926年アメリカ映画/1時間33分
発売元:アイ・ヴィー・シー
価格:3675円(税込)発売中

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■「痴人の愛」のミルドレッド

魔女の「目玉」が男を吸い込む 魔女の「目玉」が男を吸い込む [拡大画像]

月光の女」(1940)のベティ・デイビス(32歳)は、ためらいなく銃を撃ったあとで平然と嘘の上塗りを重ねた。「何がジェーンに起ったか?」(1962)のデイビス(54歳)は、執念深い仇討ちのように半身不随の姉をいたぶりつづけ、破局への道をひた走った。

痴人の愛」(1934)のデイビス(26歳)は、上記2本の原型ともいうべき悪女に扮して強烈な印象を残す。というより、彼女はこれ一本で大スターの座に駆け上った。原作はサマセット・モームの長篇「人間の絆」だが、映画は83分というコンパクトな呎に収められている。

デイビスが演じるのは、典型的な「無意識のビッチ」ミルドレッドだ。彼女に恋するのは、のちに医者となる画学生のフィリップ(レスリー・ハワード)。ふたりの仲は腐れ縁だ。フィリップは、器量も気立てもよい女たちに愛されながら、なぜかミルドレッドに溺れてしまう。くっついては離れを繰り返し、どうしても彼女との縁を切れない。

デイビスは、みごとなダイナモぶりを発揮する。ハワードの芝居に幅や説得力が足りないせいもあるのだが、彼女は文字どおりひとりで映画を背負って立つのだ。

ミルドレッドは、策略を弄するわけではない。身を守るためならなんでもする、というほどの確信犯でもない。ただひたすら「迷惑な女」でありつづけるだけなのだが、無意識が過剰なだけに始末に負えない。そんな疫病神の役を自身の突破口に変えたのだから、デイビスはやはり一級品の魔女だ。男を吸い込むあの「目玉」は、当時から他の追随を許さないものだった。

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痴人の愛

原題:Of Human Bondage
監督:ジョン・クロムウェル
原作:サマセット・モーム
出演:ベティ・デイビス、レスリー・ハワード、アラン・ヘイル、フランシス・ディー
1934年アメリカ映画/1時間23分
発売元:アイ・ヴィー・シー
価格:3675円(税込)発売中

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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