コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第33回

2015年12月10日更新

佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

第33回:創造と神秘のサグラダ・ファミリア

バルセロナの観光名所サグラダ・ファミリア教会は、19世紀の終わりごろに建設がはじまった。「いつまでも続く建設工事」で有名で、1980年代ごろには「完成まで300年」とかいろんなことが言われていたのだけれど、なんと予定を大幅に縮めている。ガウディ没後100年にあたる2026年に完成する予定に今はなっているとか。「完成まで144年」にまで縮んだのだ。

アントニ・ガウディによる未完の教会サグラダ・ファミリア
アントニ・ガウディによる未完の教会サグラダ・ファミリア

このあたりの秘密が、本作ではわかりやすく紹介されていて面白い。そもそもガウディはこまかい設計図を書いておらず、建設模型をたくさん作って、立体の建物を立体のままで説明するというやり方だった。ガウディは建設に熱中し、途中からは住まいも建設中のサグラダ・ファミリアの中にベッドを置き、そして最後は路面電車に轢かれて死んだ。運ばれたさきの病院は高名な建築家だとは思わず、名もなきホームレスの遺体として処理していた。なんとも言えない死に方だ。

ガウディは1926年に死んだ。建設は続行したけれど、10年後の1936年にスペイン内戦が起きる。アンドレ・マルローやアーネスト・ヘミングウェイが反ファシズムの名のもとに参戦した「市民戦争」として歴史に名を遺している戦争だ。この戦争でガウディの模型のたいはんが壊されてしまい、紙の資料も消失した。一巻の終わり、お手上げ状態に。

戦争が終わり、「もうやめたほうがいいんじゃないか」という意見も多かった。あの有名な建築家ル・コルビュジエさえ、「ガウディの考えてたのと違うものをつくったってしかたない」と、建設中止を訴えた。

建設中止の声もあがったが、いまなお工事は続いている
建設中止の声もあがったが、いまなお工事は続いている

でも、建設は続行された。ガウディが遺したわずかなデッサンをたよりに、さらには破片になった模型を復元しながら、「たぶんガウディだったらこう考えるだろう」という推測で、サグラダ・ファミリア教会はつくられていったのだった。

しかしこの時代のスペインは、フランコの独裁政権。経済は低迷し、観光客は少なく、サグラダ・ファミリアの資金あつめも苦労し、工事は遅々としてすすまなかった。このころに「完成までは300年」と言われていたわけだ。フランコが1970年代に亡くなって王政復古するとようやく経済は成長をはじめ、観光客も増えていく。2005年には世界遺産にも登録され、一気に観光客が増えて、この入場料で予算は潤沢になる。

さらにもうひとつ、サグラダ・ファミリアの建設を後押ししたのがテクノロジー。コンピュータによる物体の解析技術や3Dプリンタの登場で、破壊されていた建築模型の復元が素早くできるようになり、ガウディが考えていた複雑な造形をシミュレーションするのが容易になった。ITの力によって、ガウディの夢を現実的な建築物として正確に甦らせることができるようになり、一気に工事が進んだのだった。

3Dプリンタなど新技術の登場で工期が縮小
3Dプリンタなど新技術の登場で工期が縮小

こういう背景を思い出しながら見ていると、この映画は実に楽しめる。

そうしてあと11年でサグラダ・ファミリア教会は完成する。そしてこの映画を見るまで知らなかったのだけれど、あの特徴ある4本の尖塔は実はサブ的なもので、教会の中心には、あの尖塔よりずっと巨大な十字架の中心塔が出現するらしい。そのまわりをもっとたくさんの尖塔がびっしりと取り囲むというすごい構造になるのだ。早くその姿を見てみたいと思う。

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■「創造と神秘のサグラダ・ファミリア
2012年/スイス映画
監督:ステファン・ハウプト
12月12日から、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国順次公開
作品情報

筆者紹介

佐々木俊尚のコラム

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。

Twitter:@sasakitoshinao

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