コラム:佐藤久理子 パリは萌えているか - 第5回

佐藤久理子 パリは萌えているか

カンヌ映画祭開幕直前 セレクションの傾向と今年の有力候補を予想

今年もカンヌ映画祭の時期がやってきた。5月16日のオープニングをにらんで、今年のセレクションに関する概要と裏事情、さらに最近の傾向をここでご紹介したい。

まずカンヌのセレクションで毎年話題に上がるのが、「どの部門に選ばれたか」による、作品のヒエラルキーだ。もちろん、基本的にはコンぺティションに選ばれることが最たる栄誉なのだが、あまりに変わったタイプの作品や、監督が大御所でコンぺを嫌った場合などは、あえて他セクションに入れられることもある。ジャン=リュック・ゴダールは「ゴダール・ソシアリスム」について、「好きにしてくれ」と映画祭側に返答し、結局「ある視点」部門に入れられた(そしてゴダールは記者会見をドタキャンした)。昨年は「アーティスト」が直前になって招待枠からコンぺに変えられたが、これは「格上げ」と見なされた。今年のラインナップで話題を集めたのは、コンぺの有力候補のひとつと目されていた弱冠23歳のカナダの精鋭、グザビエ・ドランの「Laurence Anyways」が、「ある視点」に収まったこと。これはセレクション発表の記者会見時に、ちょっとした波紋を起したが、映画祭ディレクターのティエリー・フレモーは、「ある視点」部門ならではのコンセプトを強調しながらも、「彼は若いからまだチャンスがある」と、自らコンぺのヒエラルキーを裏付ける発言をした。

4月半ばに一旦ラインナップが発表になった後、あとから数本追加されるのも最近では通例だ。これはカンヌが狙うお気に入りの監督たちの新作が、なかなか仕上がらずにぎりぎりまで待つ場合や、やり手プロデューサーや大手セールス・カンパニーなどが、一旦断られたものを無理矢理交渉してねじ込む、というパターンなどがあるため。セレクションの裏事情は壮絶なのだ。今年は期待していたウォン・カーウァイテレンス・マリックの新作が間に合わず、コンぺこそ追加がなかったが、他部門で合計8本も追加されている。

ふたを開けてみれば、今年のコンぺはかなり刺激的なミックスになったと言えるだろう。ケン・ローチアラン・レネといった常連の大御所。レオス・カラックスミヒャエル・ハネケアッバス・キアロスタミデビッド・クローネンバーグウォルター・サレスら、カンヌが好む映画作家たち。そのなかに若手のウェス・アンダーソン(オープニング作品)やジョン・ヒルコート、前作「プレシャス」で初参加したリー・ダニエルズらの新鮮な顔ぶれ、そしてフランス期待のジャック・オーディアールなどが混ざっている。

審査員長を務めるナンニ・モレッティ監督
審査員長を務めるナンニ・モレッティ監督

一方、こうしたオフィシャル・セクションと、併設の「監督週間」「批評家週間」部門のあいだにおける、作品の取り合いもよく知られた話だ。今年からディレクターが交代し、新しく就任した「監督週間」のエドワール・ワイントロップは、狙っていた作品を「ある視点」に持って行かれたことを認めている。原則として1、2作目までの若手監督作に限られる「批評家週間」も、今年は元カイエ・デュ・シネマ誌の編集長、シャルル・テッソンが新たに就任。ちなみにテッソンのテイストは元カイエらしく、作家主義的で生真面目な作風が基本。一方ワイントロップは左翼系日刊紙リベラシオンに26年間務めていた批評家だが、その趣向はどちらかというとクラシックなイメージだ。エルンスト・ルビッチに代表される「良質なコメディ」や、小津、溝口、成瀬らの伝統的日本映画を好む。その一方で、深作欣ニや黒沢清のファンでもあるそうだが、その割に日本映画が一本も選ばれなかったというのは痛い。監督週間はこれまで石井克人松本人志園子温などユニークな若手世代がコンスタントに紹介されてきただけになおさらだろう。

結果的に、日本で撮影されたキアロスタミ作品を除けば、日本映画の新作長編は、若松孝二の「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(ある視点)と三池崇史の「愛と誠」(ミッドナイト上映)の2本となった。対して今年は全セクションを通してラテン・アメリカ映画が多い。特にコロンビア、ペルー、ウルグアイなど、新参国が増えているのが特徴であり、南米は確実に映画産業が定着し始めているようだ。

最後に個人的なパルムドール候補を予想をするなら、有力なのはウォルター・サレスレオス・カラックス、オーディアール、トマス・ビンターベアあたりか。審査員長がイタリアのナンニ・モレッティであることを考えれば、最もパルムドールに近そうなのは、「ゴモラ」のマッテオ・ガローネの新作かもしれない。さらにメキシコの鬼才カルロス・レイガダスあたりが、ダークホースとして賞に絡んできそうな気配である。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。