コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第372回
2026年2月17日更新

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の顔のない異星人に感情移入してしまった

先日、NFLスーパーボウルの中継で今年の注目映画の予告編がずらりと並んだ。アメリカでもっとも視聴率の高い番組だから、各スタジオが目玉作品をぶつけてくる。
ひさびさの実写映画となる「スター・ウォーズ マンダロリアン・アンド・グローグー」、スピルバーグ監督がUFOテーマに復帰する「ディスクロージャー・デイ」、タランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」からブラッド・ピット演じるスタントマンを主人公に据えたスピンオフ「アドベンチャーズ・オブ・クリフ・ブース(原題)」、ピクサー最新作「私がビーバーになる時」、新生DCユニバースの第2弾「スーパーガール」など。あいにくスーパーボウル中継では予告編は公開されなかったけれど、マーベルの「スパイダーマン ブランド・ニュー・デイ」や「アベンジャーズ ドゥームズデイ」の公開も控えている。
豊作の2026年のなかで、ぼくがもっとも期待しているのが「プロジェクト・ヘイル・メアリー」(3月20日日米同時公開)だ。「オデッセイ」の原作「火星の人」で知られるアンディ・ウィアーのベストセラー小説の映画化で、2024年に原作を読んでから楽しみにしていた。以前この連載(https://eiga.com/extra/konishi/352/)でも、映画を見る前に原作を読んでおくべきだと勧めたほどだ。
だが、原作が大好きだからこそ、映画化には不安があった。
まず、あの分量のストーリーを1本の映画に収められるのか。原作には科学的な説明や試行錯誤のプロセスがぎっしり詰まっていて、それ自体が物語の魅力になっている。削りすぎれば骨抜きになるし、詰め込みすぎればドラマがおろそかになる。
なにより心配だったのが、異星人ロッキーの描写だ。原作を読んだ人ならわかると思うが、ロッキーは物語の核であり、映画の成否はロッキーにかかっているといっても過言ではない。ラブラドールほどの大きさで、5本の脚を持ち、顔がない。目も口もない。
テキストだけなら、読者が想像力を働かせて自分なりのロッキー像を生み出すことができる。そこに正解も不正解もない。自分好みにしてしまえばいい。
だけど、スクリーンに投影した途端、それがたったひとつの正解になる。異星人といえばE.T.やヨーダが有名だが、万人に愛されるキャラクターに仕上げるまでに途方もない試行錯誤があったはずだ。そして、ちょっとでも間違えれば、ジャージャー・ビンクスになってしまう。
そんな不安を抱えたまま、先日、ロサンゼルスのIMAX本社で約25分のフッテージを見る機会を得た。

杞憂だった。
映像はスピーディーで、撮影も美術もすばらしい。撮影監督はいまやハリウッドでナンバーワンのグレイグ・フレイザー、プロダクションデザインは「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」や「アベンジャーズ エンドゲーム」のチャールズ・ウッドだ。宇宙船の生活感と宇宙空間の壮大さが見事に共存していて、ぼくが頭の中で想像していた世界よりも、はるかに豊かで精緻な映像がそこにあった。
そして、ロッキーだ。岩のような外見。顔がない。目がない。なのに、感情が伝わってくる。愛嬌がある。スクリーンに映るロッキーを見ていると、不思議なことに表情が見えてくるのだ。ライアン・ゴズリング演じるグレースとのやりとりには、ユーモアと温かみがあふれていて、ぼくは気がつけば岩のような異星人に感情移入していた。こんなに幸せなことはない、と思った。
上映後のQ&Aで、フィル・ロードとクリストファー・ミラーの両監督がロッキーの制作過程を語ってくれた。ロッキーはパペットとCGアニメーションのハイブリッドで、ニール・スキャンランのクリーチャーショップが実物のパペットを制作している。操演を担ったのは、ブロードウェイの舞台で活躍するパペティアのジェームズ・オルティスだ。
もともとは撮影後に有名俳優がアフレコをする予定だったが、撮影が進むにつれて、オルティスこそがロッキーだということが明らかになった。「撮影中にジェームズとライアンのあいだで関係が築かれていった。ジェームズがロッキーそのものだった」とミラーは振り返る。
もうひとつ印象に残ったのは、原作に対する監督たちの姿勢だ。「原作から逸脱して自分たちの仕事を楽にすることは絶対にしない、と全員で誓い合った。原作の役割は、映画的に新しい解決策を見つけるよう、ぼくたちに挑戦状を突きつけることだ」とロードは語った。ウィアーは撮影現場に頻繁に足を運び、科学コンサルタントとしても関わっている。劇中に登場する方程式はすべてウィアー自身が書き下ろし、NASAやJPLの専門家も開発段階からアドバイザーとして参加したという。グリーンスクリーンやブルースクリーンは一切使用せず、英シェパートン・スタジオの最大ステージに巨大なセットを建造した。隣のステージから電力を引き込む必要があったほどの規模だったそうだ。
この映画を撮った理由をロードはこう説明する。
「ぼくたちが信じているのは、人々が善良さを想像する手助けをすることだ。この物語はその究極の形だと思う。なにが可能なのかを描く物語であり、奇跡とは何かを描く物語だ。奇跡とは、たくさんの人が同時に信じることなんだ」
そして、こうも付け加えた。
「この映画が問いかけているのは、大人の男は友達を作れるのか? ということ。もし作れたら、世界は安全だ」
そもそも、ロード&ミラーの存在そのものが、この物語のテーマを実践している。25年以上にわたってふたりで映画を作り続けている彼らは、協力と友情がなにを生み出せるかを身をもって示している。劇中のグレースとロッキーは科学者とエンジニアで、「チョコレートとピーナッツバターを合わせて最高のお菓子を作るような関係」だとミラーは言う。つまり、正反対だからこそ、うまくいくという。
では、おふたりは? ときくと、ロードが笑って答えた。
「ぼくたちはふたりともピーナッツバターだけどね」
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi









