コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第312回

2021年9月2日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。


米映画館復活のシナリオはどこで狂ったのか?シネマコンと映画館の現状

2019年のシネマコン
2019年のシネマコン

毎春、米ラスベガスで「シネマコン」が開催される。全米劇場所有者協会(NATO)という興行主の団体が主催するコンベンションで、各映画スタジオによるラインナップ発表が目玉となっている。注目作の主演者たちが連日会場に駆けつけ、新作映画の予告編やフッテージ、ときには本編を披露していく。業界関係者を対象にしたコミコンのようなものだと思えばいいかもしれない。

2020年4月に予定されていたシネマコンは、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて中止になったが、21年のシネマコンも8月に延期となった。

毎年4月に行われるシネマコンでは、夏の大作映画が主役となる。だが、延期を決めた20年11月時点ではワクチンの緊急使用が承認されていなかったから、21年夏までにコロナが終息するシナリオは想像しづらかった。また、渡航制限でNATO会員やゲストが参加できないリスクがあるため、シネマコンを21年8月に延期することにしたのだ。

言い替えれば、21年秋には映画興行が正常化する見込みだった。

実際、21年1月20日の米政権交代をきっかけに、ワクチン接種が急加速。感染者数の低下に伴い、映画館も入場制限つきながら再開を開始。3月には、独立記念日(7月4日)までに成人の7割が少なくとも1回のワクチン接種を終え、「ウィルスからの独立」を果たすと、バイデン大統領が宣言。NATOの予想よりはるかに早いペースで、アメリカは復活に向かって猛進していた。

そして、8月23日にシネマコンが開幕した。だが、全米で感染が再拡大していることを受けて、プレゼンテーションに登壇するスターはほぼ皆無。例年の祝杯ムードはなく、18カ月ものあいだにわたってコロナによる長いトンネルをひたすら歩き続けてきた劇場関係者の窮状が浮き彫りになった。米Deadlineによると、アメリカとカナダにある5800館の映画館のうち5100館が営業しているが、今年のこれまでの総興収はわずか19億6400万ドルだという。19年の北米年間総興収が114億ドルだったことを考慮すると、どれだけ悲惨な状況かわかるだろう。

2021年は「マトリックス」最新作のタイトル「マトリックス レザレクションズ(原題)」が発表に
2021年は「マトリックス」最新作のタイトル「マトリックス レザレクションズ(原題)」が発表に

21年秋までに映画館が復活するシナリオは、いったいどこで狂ってしまったのか?

アメリカで第4波となる現在の感染拡大が起きたのは、ワクチン摂取率が鈍化したことと、未接種者のあいだでデルタ株が蔓延したことが主な要因と言われている。

さらに、映画館にダメージを与えているもうひとつの要素がある。「Day-and-Date」と呼ばれる、劇場公開と同時配信するリリース形態だ。

かつては、新作映画が劇場公開されてから、DVD発売やデジタル配信を開始するまで「シアトリカル・ウィンドウ」が存在した。映画の宣伝効果があるうちに新作の配信を開始したい配給側と、少しでも多く動員したい劇場側は折衝を重ね、近年は90日間前後で落ち着いていた。

「ワンダーウーマン 1984」
「ワンダーウーマン 1984」

だが、コロナによる劇場閉鎖でパワーバランスが崩れた。とくに自社サービスを抱えるディズニーとワーナーはアグレッシブで、ワーナーは「ワンダーウーマン 1984」以降の新作映画をHBO Maxで、ディズニーも「ムーラン」以降の新作をDisney+で同時配信している。劇場側としてはたまったものではないが、スタジオ側には、ワクチン接種できない12歳以下の子どもを持つ家庭に選択肢を与えるという大義名分がある。

一方で、こうした「Day-and-Date」形式が、スタジオにとっても得策でないことが明らかになってきている。

たとえば、マーベル大作の「ブラック・ウィドウ」は、北米市場においてコロナ禍に公開された映画として史上最高の8000万ドルでデビュー。同時配信されたDisney+からのオープニング収入も6000万ドルと発表された。だが、2週目の北米興収が68%激減。ワーナーの「ザ・スーサイド・スクワッド」も2週目で 72%ダウンしている。その一方で、ディズニーが劇場のみで公開した「フリーガイ」の2週目の興収は34%ダウンに留まっていることから、「Day-and-Date」方式が2週目以降に大幅興収ダウンをもたらすことが明らかになっている。

「シャン・チー テン・リングスの伝説」
「シャン・チー テン・リングスの伝説」

そんななか、ディズニーは「シャン・チー テン・リングスの伝説」以降の新作を劇場で先行公開することにしている。また、ワーナーも22年には45日間のシアトリカル・ウィンドウを設けると、各シネコンチェーンに約束している。映画館がようやくハリウッドの大作映画を独占的に公開できるようになる。

今年のシネマコンで、もっとも盛り上がったのは「ミッション:インポッシブル7(仮題)」のトム・クルーズのバイクスタントでも、「マトリックス レザレクションズ(原題)」の予告編でもなく、開催期間中に飛び込んできたニュースだろう。米食品医療局(FDA)が、これまで緊急使用として許可していたファイザー製の新型コロナワクチンを正式承認したのだ。これにより、ワクチン接種率のアップや、公的機関や企業での接種義務化が加速するとみられている。実際、このニュースを受けて、映画館関連の株価が軒並みアップしている。長いトンネルの出口がようやく見えてきた。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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