コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第254回

2014年5月14日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

第254回:ディズニー&ピクサー社長のビジネス書でひも解くクリエイティビティの秘密

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アナと雪の女王」が日本でどうしてここまで当たったのかはわからないけれど、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ(以下ディズニー)の復活が広く認められて嬉しい。

ディズニーは、2006年からピクサーの経営陣が改革を行ってきた。新経営陣のもとで作られた最初の作品が「ボルト」(08)で、「塔の上のラプンツェル」(10)や「くまのプーさん」(11)、「シュガーラッシュ」(12)、そして「アナと雪の女王」と続くわけだ。

ピクサーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーのジョン・ラセター監督とエド・キャットマル社長がディズニーでも同じ立場を兼任するようになってから、ディズニーが繰り出す作品のクオリティはめざましいほど改善した。興行成績の上でも、「アナと雪の女王」の大ヒットのおかげで、ピクサーに匹敵する存在になったのだ。

彼らは果たしてディズニーでどんな改革を行ったのだろうか? その謎が、ピクサーとディズニーで社長を務めるエド・キャットムル氏が執筆した「クリエイティビティ・インク」というビジネス書で明かされている。キャットムル社長は以前ハーバード・ビジネス・レビュー誌に手記を寄稿していて、こちらは僕が「ピクサー流マネジメント術」として翻訳させてもらったことがある。新刊は300ページ以上もボリュームがあって、これまでの豊富な経験談と、そこから編み出された経営理論がたっぷりつづられているのだ。

たとえば、06年にキャットムル社長がディズニーをはじめて訪問したとき、社員の机やオフィスがきれいに整頓されていたという。ピクサーでは自分のオフィスを好きなように飾り立てていいし、カスタマイズを推奨されているほどだから、キャットムル社長は清潔だが殺風景な職場にとても驚いた。案内係を問いただすと、なんと前日に社員たちが大掃除を行っていたことが明らかになる。新社長の第一印象を良くしようとしていたのだ。このとき、ディズニーの改革が一筋縄ではいかないことをキャットムル氏は悟ったという。

キャットムル社長の理想とする組織は、才能溢れるクリエイターたちがそれぞれ実力を発揮するだけでなく、お互いが手を差し伸べて、より優れた作品を生み出す共同体のような場所だ。しかし、クビを恐れて自分のオフィスをきれいに片付けるようなメンタリティが広まっている職場では、創造性を駆使した作品など生まれるはずもない。その後、キャットムル社長とラセター監督は社員の信頼を得るように辛抱強く接するとともに、非生産的な慣習や抵抗勢力を排除していく。また何百人もいる社員のなかから、優秀な人材を見いだしていくことになるのだ。

クリエイティブ面におけるピクサーの心臓は、ブレイントラストと呼ばれるブレーン集団だ。ピクサーの監督や脚本家たちで構成され、数カ月ごとに製作中の映画を見たうえで、助言をする。監督は経験豊富なストーリーテラーたちから、自作のアドバイスを受けることができるのだ。

ディズニーでも脚本家を中心にストーリートラストと呼ばれる同様の組織が立ち上げられた。そして、ここ数年は活発で建設的な助言が提示される場所として機能しており、「シュガーラッシュ」や「アナと雪の女王」のような良作が生まれるのは必然なのだ。

「クリエイティブ・インク」は、ピクサーの創業者であるスティーブ・ジョブズに捧げられていて、本書のなかでも一章が割かれている。ピクサーを通じてジョブズが人間として成熟し、深化したというキャットムル社長の洞察はとても興味深い。

もっとも、ピクサーが順風満帆ではないこともキャットムル社長は認めている。長く成功を続けているせいで、正直に意見を言い合う文化が新しい社員にうまく継承できていないと指摘する。状況を改善するための試みも明かされており、生産的なクリエイティブ組織を維持する挑戦はいまでも続いている。こんな経営者がいるかぎり、ピクサーとディズニーは安泰といえそうだ。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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