コラム:ニューヨークEXPRESS - 第57回

2026年2月13日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


ロバート・レッドフォードが創設し米映画界に影響を与えた「サンダンス映画祭」で注目した5本を紹介

昨年、銀幕で輝いていた俳優ロバート・レッドフォードが亡くなった。俳優として「明日に向かって撃て!」「スティング」「愛と哀しみの果て」などの秀作で人々を魅了しただけでなく、「普通の人々」「リバー・ランズ・スルー・イット」では監督としてもその手腕も発揮した。だが、それらよりも彼が遺した功績で、一番アメリカ映画界に影響を与えたのは、サンダンス映画祭の設立ではないだろうか?

サンダンス映画祭が開催されるユタ州の雪の降り積もるパークシティから、ジム・ジャームッシュ、スティーヴン・ソダーバーグ、ケヴィン・スミス、クエンティン・タランティーノロバート・ロドリゲスポール・トーマス・アンダーソンデイミアン・チャゼル、エイヴァ・デュヴァーネイなど数々の才気あふれる映画監督が輩出し、スクリーンを通して我々の心を揺さぶり、別世界に誘ってくれた。だが、そんなユタ州のパークシティで行われていたサンダンス映画祭は、来年からコロラド州ボルダーに移転する。

今回は、ユタ州パークシティで最後を迎える第42回サンダンス映画祭で、私(筆者)が鑑賞した印象に残った5作品を紹介したい。今年は90の長編作品と7つのエピソード・プロジェクトが出展され、映画祭自体は1月22日〜2月1日、オンラインでの視聴は1月29日から2月1日まで可能だった。

●「Public Access」

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まず1本目に紹介したいのは、映画「Public Access」。メガホンを取ったデヴィッド・シャドラック・スミス監督がフォーカスしたのは、ニューヨークの公共チャンネル「マンハッタン・ケーブル・チャンネル」(Public -Access Television)だ。それは、テレビ画面を乗っ取るくらいの史上最大級のメディア的な実験で、ニューヨークの一般の人々、アーティースト、アンダーグランドの世界に入り込み、ルールを打ち破り、検閲に抗い、テレビを誰もがスターになれる言論の自由の戦場へと変貌させたクリエイターたちによる世界だった。

ここでは、手持ちのカメラ、ハンディカムなどで人々が、今のようにTikTok、インスタグラム、YouTubeなどで誰もが動画を投稿する以前から、そのブループリント(青写真)として実験的なことが試みられ、中には、当時弱冠14歳だったジェイク・フォーゲルネストは、テレビ番組「Squirt TV」として自身のベットから司会を務め、好きなミュージックについて語っていたら、世間に注目を浴び、のちに公共チャンネルから、MTVで番組でも「Squirt TV」が放映されるようになった。

さらに注目なのは、アル・ゴールドスタイン司会による「Midnight Blue」。日本で言えば、おそらく「11pm」などに匹敵するお色気番組で、風俗や性的な情報を提供し、視聴率では人気が高かったものの、過激すぎで、放映が中止になる程話題になった。その他には、LGBTQに向けの番組「Emerald City」。当時、エイズがどんな病気かよくわからない頃から、いかにエイズ感染し、いかに感染しない対策を図り、人々の間にそれを普及させるか、その重要な役割を果たしながら、LGBTQの方々が、受け入れらる環境作りに貢献してきた番組なども描かれ、この一作でニューヨークの公共番組が垣間見れる作品だ。


●「Burn」

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次に紹介するのは、2016年より電通に在籍しながら映画製作を開始し、2017年公開の短編映画「そうして私たちはプールに金魚を、」が第33回サンダンス映画祭ショートフィルム部門でグランプリを獲得、2019年、長編映画デビュー作「We ARE LITTLE ZOMBIES」が第35回サンダンス映画祭で審査員特別賞を収めた長久允監督の新作「炎上」。本作は、東京・歌舞伎町のトー横(「新宿東宝ビルの横」を略したもの)やその周辺が舞台で、感情表現が苦手な吃音を抱える主人公・小林樹里恵ことじゅじゅは、厳しい両親のもとから家出し、SNSをきっかけに歌舞伎町へとたどり着き。同様な問題を抱えていた少年少女と出会い、安息の地としてその地で腰を据えようとするが、彼らを利用する大人に毒されていく。

是枝監督の「舞妓さんたちのまかないさん」や岩井俊二監督の「ラストレター」、新海誠監督の「天気の子」など、日本を代表する監督から抜擢され、同世代の女優とは一線を画した圧倒的な存在感と感情の表現の起伏や間の使い方の上手さまで披露する森七菜の演技が光る。新宿の歌舞伎町の輝かしいネオン街とは対照的に、生活のためにいわゆるパパ活、売りという行為を仲間とくりかえす退廃的な生活を送りながら、壊れた家族関係や社会的支援が欠如した中で、キャラクターたちが如何に独自のコミュニティを築くかを見事に浮き彫りにしていく。特に主人公じゅじゅは、吃音ながらも、自己表現を試み感情の主導権を取り戻そうとしていく中での葛藤も見事に捉えられ、トー横キッズの問題は、日本社会でうまれた一つの縮図にようにも思えた。


●「Ghost in the Machine」

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近年、AIの進歩が目覚ましいのは周知の事実だが、そのAIの歴史を掘り下げながら、哲学的・文化的・政治的な見地から、様々が要素が世界的なAIブームを起こした過程を掘り下げて行ったのが、このドキュメンタリー映画。映画内では、アラン・チューリングによるAI(人工知能)の概念創造、ジョン・マッカーシーが思考する機械を「人工知能」と命名したことなどが基本的な知識が伝えられる中、ヴァレリー・ヴィーチ監督は優生学(劣っていると判断された人々や集団を排除し、優れていると判断された人々を促進することで、人類の遺伝的な質を向上させることを目的とした一連の信念と実践)であるの第1人者、カール・ピアソンを引き合いに出すが、ピアソンによる優生学の考え方の一つには「劣等人種との戦い」を公言するなど、現代から見れば、明らかに人種差別的な見解で、AI自体がそもそも優生学と深く関連していることを提唱している。

確かに、人間同士のコミュニケーションに関しては、いつの時代が到来しようとも普遍的だが、物事を優生学的に選別するのは、AIという恐怖が、そのベースにAIの「選別」っていう発想自体が優生学につながっていること、さらにそれらを管理する企業や政府次第で、AIの導入レベルに変化が生まれてくるのだ。現在、ChatGPTなどの生成AIが人々の間で日常の暮らし役立つ新たな視点として浸透し、AIロボットが人々の職を失わせていく中で、人々がいかにAIと向き合うかが重要になってくる。これは映画界にとっても重要な話題で、AI映画祭などで、世界観と人間の動きを文字で打ちこくことで、少人数でAIの映像を通して映画が作れる中で、いかに映画祭や配給会社は対応していくかにも注目があつまるのではないか。


●「Jane Elliott Against the World」

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本作は、アイオワ州の田舎の学校教師ジェーン・エリオットが、1968年に白人だけの3年生のクラスで差別に関する物議を醸す授業を行ったことをきっかけに、人種差別反対の国民的代弁者となった。まず映画内では、ジェーン・エリオットが今から約50年前の1968年4月に行われた米アイオワ州の小学校で行った「青い目、茶色い目」という実験的授業が紹介される。「青い目の子はみんな良い子です。青い目の人は5分余計に遊んで良いですよ」「茶色い目の子は水飲み場を使わないこと。なぜなら茶色い目の子はダメな子だからです」と言い、白人の子供たちだけが集まるクラスで、青い目を持つ子供は優れ、茶色の目の子供は劣っていると決めて学校生活を過ごさせたのだ。

これは、あのマーティン・ルーサー・キング・JR牧師の暗殺直後に行われた授業で、当時小学3年生の担任だったジョーンは、キング牧師の暗殺事件の後、黒人指導者に無神経な質問をする白人による取材対応が「上からの目線」であることを理由に、「子どもたちを差別意識というウイルスから守りたい」として実験授業を行ったものだった。このアプローチは、差別される側の立場に立って被差別を体験し、それまで仲が良かった子供たちに人種差別に対する考え方を変えさせるもので、この彼女のラディカルな授業は、白人が多く住むこの地域で批判され、家族がイジメに遭うほどだったが、そんな授業が1970 年に撮影され、ドキュメンタリー映画「The Eye of the Storm」となり、メディアで大きく取り上げられたことで、彼女の授業は全米に広がった。現在、トランプ政権では、日々、人種差別や移民問題が勃発する中で、改めて彼女の教えが評価され、現在92歳であるにも関わらず、あらゆる場所で講演を行なっている。


●「One in A Million」

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最後に紹介するのは、共同監督イタブ・アザムとジャック・マッキネスがおよそ10年以上にわたり、一人の少女イスラとその家族を追った映画「One in A Million」。本作は、シリアのアレッポで暮らしていた一人の少女が、戦火で崩壊した同地を家族と共に離れ、ボートでギリシアにたどり着き、さらに新た安定した生活をするためにドイツ向かい移住し、そして再びシリアへ戻るという壮大な旅路を描いたドキュメンタリーだ。

まず、あらゆる店や病院、学校などが崩壊され、何もなくなったアレッポから多くの亡命者と共に、缶詰状態で、命懸けで荒波を乗り越えてギリシアに辿り着くが、そこには数多くの難民が支援を受けようとするも、あまりに人が多すぎて食事や水の支援をすぐに受けられずに、小さな子供が亡くなる現状が映し出される。イスラと家族はドイツに向かい、ケルンの街で暮らすことになるが、これまで戒律の厳しいイスラム圏で暮らしていたイスラと家族は、西洋の自由に戸惑い始め、シリアの伝統がもたらしていた世界に徐々に亀裂が入っていく。それは見合い結婚で、10代で年上の男性と結婚させられた母親が夫に不満を持ち始め、娘イスラは、シリアで父親の許可なく外出できなかったことが、ドイツでは父親に知らせずにボーイフレンドとの関係が親密になっていく。

10年の旅路を通して、戦争、亡命、異国での環境の変化を、真摯に親密に捉えながら、家族愛を軸に感動的に描いた本作は、今年のサンダンス映画祭でも最も印象に残った映画となった。ちなみに本作は、サンダンス映画祭のワールドシネマ長編ドキュメンタリー部門で観客賞を収めた。

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。

Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/

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