コラム:シネマ映画.comコラム - 第14回

2022年8月15日更新

シネマ映画.comコラム

“他人事”ではなく“自分事”としてとらえてほしい物語 必見の1本「マイスモールランド

第14回目となる本コラムでは、8月13日~10月24日の期間限定で先行レンタル配信中の「マイスモールランド」をピックアップします。

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【作品概要】

是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」の若手監督・川和田恵真が商業映画デビューを果たし、自ら書き上げた脚本を基に映画化。在日クルド人の少女が、在留資格を失ったことをきっかけに自身の居場所に葛藤する姿を描いた社会派ドラマです。2022年・第72回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門に出品され、アムネスティ国際映画賞スペシャルメンションが贈られました。

【物語】

主人公は、クルド人の家族とともに故郷を逃れ、幼い頃から日本で育った17歳のサーリャ。現在は埼玉県の高校に通い、同世代の日本人と変わらない生活を送っていました。大学進学資金を貯めるためアルバイトを始めた彼女は、東京の高校に通う聡太と出会い、親交を深めていきます。そんなある日、難民申請が不認定に……。一家が在留資格を失ったことでサーリャの日常が一変していきます。


●地続きの現実がある――新鋭・川和田恵真監督が着目したクルド人の“今”

2022年に登場した映画(日本・フランス合作)として「見逃せない1本」――いや「見逃してはいけない1本」と言えるでしょう。ストーリーをシンプルに表現するとするなら「クルド人の少女が “自分の居場所(アイデンティティ)”に葛藤し、成長していく」というもの。まずは「クルド人」についての基礎情報から押さえておきましょう。

クルド人は「国家を持たない世界最大の民族」と呼ばれています。住んでいた国の弾圧から逃れるため、難民申請をして諸外国に移住する人々も多く、本作の舞台となっている埼玉県にもクルド人のコミュニティが存在。しかし、これまで日本でクルド人が難民認定された例はないに等しく、非常に不安定な在留資格しか与えられていません。

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川和田監督が初めてクルドに興味を持ったのは、ISISが勢力の拡大を続けていた2015年頃。土地を奪われたクルド人が、自分たちで兵隊を作り、ISISに立ち向かうという状況のなか「私と変わらない年代の若い女性が大きな銃を持って、自分たちの暮らす土地を守るために最前線で戦っている写真を見て、衝撃を受けました」と振り返っています。そこからリサーチを重ねるうちに知ったのは「日本にも難民申請中のクルド人が2000人近く住んでいる」ということ。

映画の企画として立ち上がったのは、2017年頃。在日クルド人への取材は、2年近くの歳月を要しました。サーリャと同じ女子高生のいる複数の家庭、そこで知り合った家族の親戚や知人で「入管(=出入国在留管理庁)に収容されてしまった人々」にも面会。川和田監督の心に強く残ったのは、クルド人当事者のこんな言葉でした。

「難民申請中というのは“不治の病”にかかっているような気持ちだ」

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入管への収容=“出口が見えない”。精神的にも肉体的にも追いつめられてしまう心理をリアルに言い表しています。クルド人の現在の境遇は、コロナ禍による失職、出入国管理及び難民認定法(入管法)を巡る状況の悪化によって、さらに過酷を極めています。では、ドキュメンタリー映画という手法に舵を切ることはなかったのでしょうか? 川和田監督は「取材で出会ったあるクルド人のかたに、『社会問題としてだけじゃなく、それぞれ生活や文化、物語をもった人間として、見てほしい』と言われたことは大きかった」と明かしています。

「難民というと、遠くのことのようですが、この映画で描いたのは、実際に私たちのすぐ近くで生活している人々の物語です。映画はフィクションですが、地続きの現実があります」(川和田監督)。

そう、本作は“他人事”ではなく“自分事”としてとらえてほしい物語なんです。


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●“普通の世界”が縮小していく――難民申請の不認定で何が起きるのか

では、上記のような社会的状況をしっかりと把握したうえで鑑賞しなければならない作品なのでしょうか? もちろん知識を深めたうえで鑑賞すれば、ストーリーへの理解がより深まるでしょう。しかし、本作が巧みなのは「学んでいくことができる」という点にあるんです。

これを可能にしているのが「サーリャの日常と、その変化」に語りの重きを置いているということ。同世代の日本人と変わらない、高校生活を送っていたサーリャ。笑い合える親友もいる。勉強にも励んでいる。大学入試は推薦を狙えるレベルで、将来の夢は小学校の先生。今は、少し気になっている子もいる。そんな“普通”が、難民申請の不認定によって破綻していきます。

在留資格を失ったサーリャに、何が起こるのでしょうか? 端的に言い表すとすれば、それは「世界の縮小」です。許可なく県境をまたぐこともできなければ、働くことさえできない。体調を崩せば、これまで以上のお金がかかり、順風満帆だった進学にも問題が生じてくる。自由に遊んだり、夢を語り合ったり、恋だってしたい。そんな日常生活の全てにストップがかかってしまう。私たちの「当たり前」が、彼女にとっての非日常と化していくんです。

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日本で暮らし、日本の女子高生として生きているサーリャ。劇中では、ここに「クルド人としてのサーリャ」という姿が重なっていきます。父マズルムは「(自分たちは)どこにいてもクルド人である」「同胞同士、互いを助け合わなければならない」という考えの持ち主。これが“重荷”となっていくさまも、とても丁寧に描かれているんです。日本とクルド。サーリャは、2つの場所を繋ぐ橋の上で立ち止まり、身動きがとれないかのよう……どちらに歩みを進めても、彼女の日常から零れ落ちてしまうものがあるからです。

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注目すべきは、サーリャのアルバイト先の同僚・聡太です。東京の高校に通い、美大を目指している彼は「クルド人」や「難民を巡る状況」について、深く理解していません。私たちは、彼の「知っていく」という姿勢を通じて、物語の根底にある諸問題を学んでいくことになります。誰にも言えなかったサーリャの悩みに対して、当初は「考え過ぎじゃない?」と述べてしまう聡太。本作はサーリャの成長譚であると同時に、そんな彼の成長譚でもあります。

簡単には変えることができない。八方塞がりで諦めてしまいたくなる。「仕方のないこと」と心を痛めるサーリャに、解決策は見出せずとも「しょうがなくなんかない!」と叫ぶ聡太の姿は、本作における希望のひとつと言えるはずです。


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●素晴らしき俳優陣の存在 “本物の家族”だからこそ成立した要素も

クオリティの一端となっているのは、才能豊かな俳優陣の存在です。主人公のサーリャ役を演じているのは、ViViの専属モデルとして活躍し、本作で映画初出演&初主演を果たした嵐莉菜さん。日本、ドイツ、イラン、イラク、ロシアのミックスという5カ国のマルチルーツを持つ17歳(撮影当時)の現役高校生です。デビュー作とは思えないほどの、堂々たる芝居を見せています。

制作スタッフが嵐さんと出会ったのは、オーディションがかなり進んでいた頃のこと。面接時に「自分は何人だと思いますか?」という川和田監督の問いかけに対して「自分のことを日本人だと言っていいのか分からないけれど、私は日本人って答えたい。でも、まわりの人はそう思ってくれない」と応えたことが、起用のひとつの要因となっています。

デビュー作とは思えないほど、堂々たる演技を見せつけている嵐さん。映画.comでは、劇場公開のタイミングでインタビュー(https://eiga.com/movie/95843/interview/)を行っています。そこでは、こんなエピソードを披露してくれました。役作りの過程で製作サイドから紹介されたクルド人の女子高校生と顔を合わせた嵐さん。その後もLINEなどで交流を続けていくなかで気づかされたことがあったそうです。

「普通に生活したくても出来ない、行きたいところにも自由に行けない……と言っていたんです。こんなに明るい子が不自由な生活を強いられているということを目の当たりにして、胸が痛かったです。そして、同年代でこんなにも頑張っている子がいるんだから、この役を大切に演じようと思いました」(嵐さん)

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ちなみに、劇中でサーリャの家族(父、妹、弟)を演じたアラシ・カーフィザデーさん、リリ・カーフィザデーさん、リオン・カーフィザデーさんは、嵐さんにとって実の家族なんです。

「父と妹、弟は登録制の事務所に所属して、再現ドラマなどに出演していたんです。映画のオーディションの話もあったようで、それで応募してみたら受かったそうです(笑)。私が先に決まっていたため、最終的に一緒に演技をして父の役が決まったのですが、他の方よりも父とのほうが演技の相性が良かったのでしょうね。父が決まったら、妹も弟も受かって、全員集合しちゃって私もビックリしました。確かに最初はすごく恥ずかしかったのですが、ラーメン屋でのシーンは本物の家族にしか出せない空気感だったかなと思います。私の家族にとっては、宝物のような作品になりましたし、一生の思い出です」(嵐さん)

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キーパーソン・聡太を演じたのは、「MOTHER マザー」で新人賞を総ナメにした奥平大兼さん。本作が映画出演2作目の場となりました。「今まで演じてきた役と比べると、目立った特徴はない、わりとふつうの子だったので、そこが逆に難しかった」と振り返りつつ、「聡太は初めてクルドというものに触れるので、あえて事前にクルドのことを勉強しないようにしました。サーリャと出会って、話をしたときに、素直に反応しようと思っていました」という意図をもって撮影に臨んでいたそうです。


さて、最後に注目して欲しいポイントを2つ、お伝えしておこうと思います(細かい点になってしまいますが……)。ひとつは「石」というアイテムの使いどころの上手さ。父が拾い上げた「石」、川を軽やかに跳ねていく「石」、サーリャの弟が願いを込めた「石」……。それぞれに込められた意味合いを、鑑賞後もじっくりと考えてしまいました。

そして、嵐さんも言及されている「ラーメン」。とても重要な意味合いを帯びてくるのですが……不覚にも涙を流してしまいました。私が涙もろいだけでしょうか? いえ、滅多にないんですよ、こんなこと。あなたにも、その瞬間がきっと訪れるはずです。

これだけは断言できます。語り合いたくなる映画です。ぜひ鑑賞のうえ、周囲の人々と感想を交換してみてください。

(執筆/編集部 岡田寛司)


>>【2022年を代表する“見逃してはいけない1本”です!】

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