コラム:若林ゆり 舞台.com - 第106回

2022年5月1日更新

若林ゆり 舞台.com
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とにかく歌舞伎が好きで、お客さんを楽しませたい。そんなエネルギーに満ちた右近だが、彼の特性は何でもできる、歌舞伎に限らず何でもやっちゃう、というところだろう。いい意味で、欲張りなのだ。

「何でもやりたいし、できないのが嫌なんです。僕の家系は特殊で、門閥ではない、でも音羽屋(尾上菊五郎一門)の庇護はある、血筋もある。だから部屋子さんとも御曹司とも違ってどっちつかずの、ある意味ひとりぼっち。それが僕は最高に気に入っているんですよ。どっちにも行けるから。僕の家系は代々、二足のわらじを履いていたり、バランス能力に長けていたりする人が多かった。たとえば鶴田浩二は映画俳優でほとんど初めて歌手も兼業したという人でしたし、六代目(菊五郎)だって歌舞伎以外の演劇的なことに挑戦していたし、時代物と世話物の両方できて、女方も立役も兼ねていた。それがあるから僕もトータルバランスで、いろんな分野の総合得点で1位になりたい。『何でもできるね、できないことないじゃん』って言われたいんです」

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声がいい、口跡がいいのは大きな武器だが、何の訓練も受けずにミュージカル歌唱まで完璧にできてしまうのには舌を巻く。古田新太とダブル主演のミュージカル『衛生』では下ネタにまみれて悪の魅力を振りまいたし、『ジャージー・ボーイズ』では中川晃教に声のよさを買われ、トミー役に抜てきされた。コロナ禍による中止、コンサートバージョンでの上演を経て、この秋にはいよいよ東京・日生劇場でトミーに挑む。

「演出の藤田(俊太郎)さんがおっしゃっていて『おー』と思ったのは、これ『藪の中』がモチーフなんですね。『みんな言っていることが違う、どれが本当なんだ?』みたいな。僕はトミーとしてフランキーを愛しているっていうことを軸に置きながら、青春の1ページを大事にやっていきたいなと思います。あとはやっぱり、かき混ぜるってことかな。ミュージカルの人間じゃないので、『こいつ、どう出るかわかんないな』って不安にさせたり、困らせたりしたいです。ミュージカルの人たちに敬意を持って、その畑に飛び込ませてもらうということを真摯に受け止めて、失礼のないように無礼を働きたい(笑)」

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右近にとっては映画「燃えよ剣」の松平容保役で高い評価を得たことも、大きな刺激になった。この撮影は3年前のことだったが、そのときは映画経験の豊富な香川照之(歌舞伎俳優・市川中車でもある)にアドバイスを仰いだという。

「僕は映画の現場にみなぎる緊張感が、なんとも言えず好きでした。それにスタッフさんたちの情熱と、職人としての矜恃が凛としていて『カッコいいな』と思うことが多くて。この人たちが『いいねえ』と言ってくれる空気をつくりたいと思っていました。映画の現場にはお客さんがいませんからね。それは香川さんから言っていただいたことでもあったんです。具体的なアドバイスは『瞬きをするな』ってことと、『自分が感動している気持ちを大事にする』ってことでしたね。『自分が感動している状態になるものを何か見つけるといいよ。たとえばケンケンのなかでおじいちゃんが映画スターだったことを心に置いて、自分がその場に立っているということを感じればいいんじゃないかな』って」

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だから、心を動かす場面の準備では自分が心を動かし、万全にした。とくに容保が帝からの手紙を受け取り、感動にうち震える場面。

「その撮影の前にはいろんな人たちに『今日まで本当にありがとう。いまこの瞬間があるのはあなたのおかげです』ってLINEを送って。『ケンケン死ぬのかな』って思われたかもしれないけど(笑)、そうやって気持ちをつくっていました。『なんでこんな風に一生懸命生きてこられたんだろう』って考えたときに、僕は思ったんです。『鏡獅子』という目標があるからだって。現場へ向かうロケバスのなかでも、スマホで六代目(菊五郎)の『鏡獅子』をまた見て、『これがあるからいまの俺があるんだよな。こっからがすべての始まりだ』と改めて実感して、ヒタヒタな状態で現場に入って。監督もそれを察して『一発で撮ってみよう』ってなったときに、みんなも『おぅ!』って。『こいつが一発でやるんだったら俺たち失敗できねぇぞ』という空気がボンって来ました」

「あるスタッフさんは『この瞬間があるから映画は幸せなんだ。1作品で1回あるかないか、ない作品だってある。この空気を味わわせてくれてありがとう』って言ってくれました。思い出しただけで泣けてくる(笑)。そういう瞬間を記憶していくっていうのが映画の楽しみなんですよね。『俺はいま何の嘘もついていないぞ、この作品の中で生きているぞ』というのをカメラが記録してくれて、ずーっと残る作品になっていくという感覚が、たまらなかったですねぇ。『その尊い気持ちを歌舞伎の舞台でも毎日毎秒忘れることなく、技術を磨きながらずーっとやり続けてくれ。それができりゃあもうケンケン、鬼に金棒だよ』って、最後には香川さんに言っていただきました。その言葉は宝物です。とにかく自分にはいつか『鏡獅子』をやるっていう大きな目標がある、これは最強だと思います。それにはまず、弁天小僧で伝説をつくらなきゃ。こいつぁ、てえへんだ!」

「團菊祭五月大歌舞伎 第三部『弁天娘女男白浪』」は5月2日~27日、東京・歌舞伎座で上演される。詳しい情報は歌舞伎公式サイト(https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/755)で確認できる。

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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