ラーズ・ウルリッヒ : ウィキペディア(Wikipedia)

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ラーズ・ウルリッヒLars Ulrich、1963年12月26日-)は、デンマーク出身のドラマー。アメリカ合衆国に渡り、スラッシュメタル・バンドの先駆者であるメタリカを結成して大成功を収めた。

来歴

デンマークのコペンハーゲン県ゲントフテに生まれる。父のトルベン・ウルリッヒはプロのテニス選手で、またジャズ・ミュージシャンとしての一面も持っていた。ジャズ・サックス奏者のデクスター・ゴードンは、デンマークを訪れた際にウルリッヒ家と親しくなり、ラーズの代父となった。

9歳の時にディープ・パープルのコペンハーゲン公演を観て、ロックにのめり込む。13歳の時にラディックのドラムセットをプレゼントされ、イアン・ペイスからの影響を受けながら叩くようになる。またこの時期、イギリス一極悪なバンドとの異名を取った、爆音トライアングルとしてその名を知られるモーターヘッドのファンクラブの2代目会長をつとめたこともある。

17歳の時にアメリカのカリフォルニア州に引っ越す。1981年6月、イギリスに旅行して、憧れのバンドであるダイアモンド・ヘッドと短期間共同生活。NWOBHMのムーヴメントに刺激され、多くのバンドを聴いた。メタリカが有名になってからも、ダイアモンド・ヘッドの「Am I Evil」「Helpless」「The Prince」「It's Electric」をカヴァーしている。他にもサヴェージやブリッツクリーグといったバンドの曲を多数を取り上げている。意外だが、UKバンドオアシスのファンとしても有名。オアシスのノエル・ギャラガーがドラッグをやめたのに影響され、自身もドラッグをやめている。

1981年10月、ジェイムズ・ヘットフィールドと共にメタリカ結成。メンバー・チェンジを経て、ラーズ、ジェイムズ、カーク・ハメット(ギター)、クリフ・バートン(ベース)というラインナップで、1983年に『キル・エム・オール』でデビュー。ドラムのみならず、曲作りでも重要な役割を担う。

デビュー当時まではラディックのドラムセットを使っていたが、1984年から現在に至るまで、日本の楽器メーカーであるTAMAのドラムセットを使用するようになる。

当初はスラッシュ・メタルの先導に立つドラマーとしてツー・バスを用いた高速のドラム・プレイが話題となったが、プログレッシブ・ロック的な変拍子もこなす。メタリカの5作目『メタリカ』(1991年)では、速さよりも重厚さを重視した新境地を見せた。

故郷デンマークのバンド、マーシフル・フェイトの大ファンでもあり、彼らの再結成アルバム『イン・ザ・シャドウズ』(1993年)にゲスト参加。ラーズは、セッション・ドラマーとしての活動は少ないために、珍しい経験と言える。

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2009/10/27 17:30 UTC (変更履歴
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