松木ひろし の Wikipedia
- 脚本家。本稿で詳解する。
- 1954年生まれのイラストレーター
松木 ひろし(まつき ひろし、1928年11月16日 - )は、東京都出身の脚本家。
来歴・人物
旧制東京高校を卒業後、大学受験に失敗。鎌倉アカデミア夜間講座映画科で学ぶ。
自身の劇団を作って活動をしたのち、1950年に明治座の文芸部に入社。
1954年のニッポン放送の開局とともに同社に入社してラジオ番組の制作にたずさわる。同社に勤務しながら村田正雄、旭輝子、池田昌子、三田佳子らと劇団「現代劇場」を立ち上げる。同劇団にて上演した「娑婆に脱帽」の脚本が評価される。
1958年のフジテレビの開局にともない、出向して演出を担当。自らが演出していたコメディ「ぼうふら紳士」で一部の脚本を担当し、テレビ脚本家デビュー。その後、盛んに脚本を書くようになり、1961年に独立。
シュチュエーションコメディを得意とし、特に70年代の石立鉄男主演の「石立コメディ」ではそのほとんどで、メイン脚本家として活躍した。
代表作
テレビドラマ
- 東京警備指令 ザ・ガードマン(TBS)
- 第4話「赤いエレベーター」(1965年)
- 雨の中に消えて (日本テレビ)(1966年)#2
- S・Hは恋のイニシャル(1969年、TBS)
- 炎の青春(1969年、日本テレビ)
- おひかえあそばせ(1971年、日本テレビ)
- 気になる嫁さん(1971年、日本テレビ)
- パパと呼ばないで(1972年、日本テレビ)
- 雑居時代(1973年、日本テレビ)
- 水もれ甲介(1974年、日本テレビ)
- 気まぐれ天使(1976年、日本テレビ)
- 気まぐれ本格派(1977年、日本テレビ)
- 自由学校(1978年、NHK)
- 消えた巨人軍(1978年、日本テレビ)
- 聖女房(1979年、日本テレビ)
- 池中玄太80キロ(1980年・1981年・1989年、日本テレビ)
- 玉ねぎむいたら…(1981年、TBS)
- 俺はご先祖さま(1981年、日本テレビ)
- はらぺこ同志(1982年、TBS)
- 明石貫平35才(1983年、日本テレビ)
- パパになりたかった犬(1984年、日本テレビ)
- シンデレラの財布(1984年、TBS)
- なぜか、ドラキュラ(1984年、日本テレビ)
- のん姉ちゃん・200W(1985年、日本テレビ)
- 遠山金志郎美容室(1994年、日本テレビ)
映画
- ニッポン無責任時代(1962年、東宝)
著書
- いまに陽が昇る 青樹社, 1967
- 鬼退治 松木ひろし,葉村彰子 ルック社, 1971
- どてかぼちゃ 松木ひろし,葉村彰子 双葉社, 1976
- 続どてかぼちゃ 松木ひろし,葉村彰子 双葉社, 1976
- 池中玄太80キロ 松木ひろし原作 新樹瞳志編著 日本テレビ放送網, 1980.10
- 池中玄太80キロ2 松木ひろし原作 新樹瞳志編著 日本テレビ放送網, 1981.6
- 池中玄太80キロ3 松木ひろし原作 新樹瞳志編著 日本テレビ放送網, 1981.8
関連項目
- 葉村彰子 - 松木も参加。
参考文献
- 雑誌『ドラマ』1980年7月号「仕事場訪問」
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最終更新:2009/08/24 17:41 UTC
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