原一男 : ウィキペディア(Wikipedia)

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原一男 の Wikipedia
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原 一男 (はら かずお、1945年6月8日 - )は日本の映画監督。

疾走プロダクション所属。妻は疾走プロダクション代表の小林佐智子で、ほとんどの作品で共同作業を行っている。

経歴・人物

1945年、山口県宇部市出身。

東京綜合写真専門学校中退。1969年には銀座ニコンサロンで写真展「馬鹿にすんな!」を行う。この時点までは写真家志望だったが、写真展を見にきた小林佐智子(シナリオライター志望だった)と知り合い、後に共同して映画を撮ることになる。

また、60年代後半~70年代初頭にかけて、東京12チャンネルで過激なドキュメンタリーを撮っていた、田原総一朗(後、東京12チャンネル編成部長)の著書『青春 この狂気するもの』(三一新書 1969年刊行)を読み、大きな影響を受け、田原が製作する『ドキュメンタリー青春』シリーズを、夢中で見るようになる。

そして、田原の撮影現場に出入りするうち、「僕のドキュメンタリーに出演しないか?」と声をかけられ、1971年、当時の同棲相手の武田美由紀と、2人の間の子供との3名で、日本各地のカップルたちを訪ねあるく、田原のTVドキュメンタリー、「日本の花嫁」に出演。

同年、田原が初の劇映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』(1971年)を監督する際は、助監督を志望するが適わなかった。なお、水道橋博士の著書『本業』によると、田原の言葉として、「原一男は俺の作品の助監督だったんだよ」とあるが、田原の認識間違いだと思われる。

なお、1976年の田原の著書「異常愛 ケーススタディ ドキュメント完全採録」では「取材協力」を行っている。

1972年には小林佐智子と「疾走プロダクション」を結成。脳性麻痺の障害者自立運動家横塚晃一を描いた『さようならCP』、フェミニストである自分の元同棲相手(武田美由紀)を追った『極私的エロス 恋歌1974』と、異色のドキュメンタリー作品を監督・撮影し、高い評価を得る。

そして、奥崎謙三を追った『ゆきゆきて、神軍』(1987年)により、ベルリン国際映画祭にてカリガリ映画賞、パリ国際ドキュメンタリー映画際グランプリ受賞。さらに、作家井上光晴を取材するうちに、井上の経歴詐称が判明していく『全身小説家』 (1994年)と、怪作ともいえるドキュメンタリー作品を監督した。

「カメラを向けられると、演技してしまう出演者」を取材対象としてドキュメンタリーと劇映画の区別を判別困難にする「虚実不明」の状況にし、またドキュメンタリー映画が本来持つ「やらせ的志向」を省略せずに描き、「ドキュメンタリー映画の持ついかがわしさ」を露呈させた(この手法は、田原の『青春 この狂気するもの』に書かれていたものである)。

1995年、次世代のドキュメンタリー作家の養成を目指し、自ら塾長となって「CINEMA塾」を開塾。1999年、「CINEMA塾」第1回作品『わたしの見島』を製作、劇場公開。その後も、何本もの映画を塾生たちが製作したが、現在は、開店休業状態である。なお、2006年度日本映画監督協会新人賞を受賞した小林聖太郎は「CINEMA塾」の第一期生である。

現在、大阪芸術大学映像学科教授、シューレ大学アドバイザー 。

なお、1992年にNHKスペシャルにて放送されたドキュメンタリー番組「奥ヒマラヤ禁断の王国・ムスタン」で、やらせ問題が発覚して社会的な話題となった。その際、「ドキュメンタリーには『やらせ』が付きものであり、『やらせ』を乗り越えることにより、真実が見えてくる」という信念を持つ原は、その考え方の元祖であり「師匠格」の田原総一朗に、1993年に、ドキュメンタリー作品と「やらせ」の関連について、インタビューを行った。(下記の外部リンク参照)

だが、その際に、田原の唯一の劇場公開映画作品で、「傑作」とされている、『あらかじめ失われた恋人たちよ』について、助監督の尾中洋一にインタビューしたところ、田原は劇映画の演出能力もなく、現場を掌握することもできず、スタッフ・俳優すべてから嫌われており、この映画は実質、「尾中が監督役」で撮影されていたことが判明するという、皮肉な結果をうんだ。

映画

主な監督作品

  • さようならCP (1972年)
  • 極私的エロス 恋歌1974 (1974年) -トノンレバン独立国際映画祭グランプリ受賞
  • ゆきゆきて、神軍 (1987年) -日本A映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ映画賞、シネマ・デュ・レェール・グランプリ、報知映画賞優秀監督賞、等受賞
  • 全身小説家 (1994年) -キネマ旬報ベストテン1位・日本映画監督賞、毎日映画コンクール日本映画大賞、等受賞
  • (わたしの見島) (1999年:cinema塾生の共同監督作品)
  • 学問と情熱 高群逸枝(2000年 ビデオ作品)-教育映像祭優秀作品賞受賞
  • またの日の知華 (2004年) -初の非ドキュメンタリー映画

プロデュース

  • 熊笹の遺言 (2004) 監督:今田哲史(日本映画学校出身)
  • 私をみつめて (2005) 監督:木村茂之(日本映画学校出身)

撮影助手

おもに姫田真佐久撮影監督に師事。

  • 人間の証明(1977)
  • 野性の証明(1978)
  • 復讐するは我にあり (1979)
  • 天平の甍 (1980)
  • ロケーション (1984)

撮影

  • セックスドキュメント 連続婦女暴行魔 (1975)
  • 豚鶏心中 (1981)

助監督

  • 太陽の子 てだのふあ (1980)
  • 想い出のアン (1984)
  • 親バカちゃんりん 子育て奮戦記 (1985)
  • 海と毒薬 (1986)
  • 千利休 本覺坊遺文 (1989)
  • 式部物語 (1990)
  • 深い河 (1995)

出演

  • トキワ荘の青春 (1996)
  • Devotion-小川紳介と生きた人々 (2000)
  • いたいふたり (2002)

テレビ

演出

  • 歴史はここに始まる、「女たちは今…」 -TBS、1975
  • イエローキャブ 1993
  • 映画監督・浦山桐郎の肖像 1998年 -放送文化基金賞受賞

出演

  • 課外授業 ようこそ先輩 NHK総合
  • 森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」 テレビ東京
  • トンスラ 第1日目 受難 日本テレビ - 本人役(劇中テレビ番組『緊急報道プロジェクト』部分)

著書

  • ゆきゆきて、神軍―制作ノート+採録シナリオ 原一男+疾走プロダクション 話の特集編集室 1987.8(文庫化にあたり『ドキュメントゆきゆきて、神軍』に改題)
  • 全身小説家―もうひとつの井上光晴像 原一男 キネマ旬報社 1994.10
  • 踏み越えるキャメラ―わが方法、アクションドキュメンタリー 原一男著,石坂健治+井土紀州(編) フィルムアート社 1995.7
  • 映画に憑かれて 浦山桐郎―インタビュードキュメンタリー 原一男 現代書館 1998.4

関連人物

  • 安岡卓治 - 現映画プロデューサー。『ゆきゆきて、神軍』の助監督。
  • 木村元彦 - 現ジャーナリスト。元・疾走プロダクションに所属

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2009/10/10 14:15 UTC (変更履歴
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