中村是好 の Wikipedia
中村 是好(なかむら ぜこう、1900年12月6日 - 1989年12月6日)は、日本の喜劇俳優、盆栽家である。愛称はゼコやん。
人物・来歴
1900年(明治33年)12月6日、佐賀県杵島郡朝日村大字南上滝(現在の同県武雄市朝日町大字甘久南上滝)に生まれる。
1929年(昭和4年)7月10日、28歳のとき、友人の榎本健一(エノケン)が石田守衛に誘われて東京・浅草に創立した軽演劇の劇団「カジノ・フォーリー」の第1次旗揚げに参加する。その後、同年10月の第2次「カジノ・フォーリー」、1930年(昭和5年)8月の「新カジノ・フォーリー」、同年11月1日の「プペ・ダンサント」、1931年(昭和6年)12月16日の「ピエル・ブリヤント」、1938年(昭和13年)の東宝入社、「東宝榎本健一一座」旗揚げ、と榎本につねに行動をともにした。1969年(昭和44年)1月、同会が「日本小品盆栽会」と改称、会長に就任、死去まで約21年、同職をつとめた。
1970年(昭和45年)1月7日、榎本の死去まで、終生の友人であった。
1989年(平成元年)12月6日、自らの誕生日に死去した。満89歳没。春の叙勲で「大杯一組台付」を賜る。
おもなフィルモグラフィ
1940年代まで
1950年代
- 『沓掛時次郎』、監督佐伯清、1954年7月27日
- 『たけくらべ』、監督五所平之助、1955年8月28日
- 『挽歌』、監督五所平之助、1957年9月1日
- 『裸の大将』、脚本水木洋子、監督堀川弘通、1958年10月28日
- 『第五福竜丸』、監督新藤兼人、1959年2月18日
- 『孫悟空』、脚本村田武雄・山本嘉次郎、監督山本嘉次郎、1959年4月19日
1960年代
- 『いろはにほへと』、監督中村登、1960年5月20日
- 『坊っちゃん』(テレビ映画)、1960年
- 『名もなく貧しく美しく』、脚本・監督松山善三、1961年1月15日
- 『侍』(テレビ映画)
- 第13回『大将首』、原作山本周五郎、1961年1月29日
- 『悪魔の手毬唄』、監督渡辺邦男、1961年11月15日
- 『乾杯!ごきげん野郎』、脚本井手雅人、監督瀬川昌治、1961年12月6日
- 『盤嶽の一生』(テレビ映画)、原作白井喬二、脚本丸山賛太郎、1963年
- 『日本一のゴマすり男』、監督古澤憲吾、1965年5月29日
- 『新選組血風録』(テレビ映画)、1965年 - 1966年
- 『東京警備指令 ザ・ガードマン』(テレビ映画)
- 第89話『死神の館』、監督井上芳夫、1966年
- 『渥美清の泣いてたまるか』(テレビ映画)
- 『あゝ同期の桜』(テレビ映画)
- 第1回『離別』、監督中村経美、1967年4月6日
- 『女と味噌汁』、原作平岩弓枝、監督五所平之助、1968年2月14日
- 『素浪人 花山大吉』(テレビ映画)
- 第2話『やっぱりふざけた仲だった』、監督小野登、1969年1月11日
- 『あゝ忠臣蔵』(テレビ映画)、脚本結束信二、監督倉田準二、1969年4月5日 - 12月27日
- 『日本任侠伝』(テレビ映画)
- 第3話『会津小鉄』、脚本押川國秋、監督松島稔、1969年6月4日 - 6月25日
1970年代
- 『トラ・トラ・トラ!』、監督リチャード・フライシャー / 舛田利雄 / 深作欣二、USA1970年9月23日
- 『大忠臣蔵』(テレビ映画)、1971年1月5日 - 12月28日
- 『人形佐七捕物帳』(テレビ映画)
- 『鶴の千番』、脚本小川英、監督若林幹、1971年6月26日
- 『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』、脚本関沢新一、監督福田純、1972年3月12日
ビブリオグラフィ
- 『豆盆栽愛好』、徳間書店、1962年
- 『小品盆栽』、鶴書房、1968年
- 『小もの盆栽』生活をたのしむ本、主婦の友社、1969年
- 『小物盆栽』園芸入門、主婦の友社、1973年
- 新版 『小物盆栽 - 特徴を生かす木作り』カラー園芸入門、主婦の友社、1980年2月
関連事項
- ピエル・ブリヤント
- カジノ・フォーリー
- プペ・ダンサント
- 生没同日
註
外部リンク
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最終更新:2009/05/27 04:25 UTC
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