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溝口監督の「雨月物語」の質問でBAになられた方。教えて下さい。トリフォーが黒澤が嫌いの訳をもう少しだけ詳しく教えて下さい。>黒澤については、かなり明確に「嫌いだ」と言っていますね。トリフォーは元々、カイデアァシネマで評論家として健筆をふるっていたので映画をたくさん観ているのは納得です。中平康の絶賛の理由と逆に黒澤嫌いの詳細な理由を教えて下さい。黒澤監督はリアリストの職人監督だと思うのですが・・・。黒澤信者ではありませんが、トリフォーのどこの神経にさわっったのか興味あります。
質問日時: 2009/10/08 15:14:17
解決日時: 2009/10/10 06:47:22
正確な文章は思い出せなくて恐縮なのですが、トリュフォーに限らずヌーヴェルバーグの若手は黒澤をあまり評価していませんでした。黒澤は溝口とは正反対の表現をとった監督として認識されていたようです。溝口を絶賛するあまりに、黒澤独特の表現方法が容認できなかったのかもしれません。トリュフォー自身はもともとリアリズムには興味がないと断言していますので、黒澤のモンタージュを基本としたある種表現主義的な手法を認めていなかったのではないかと思います。同じようにモンタージュを基本とし、トリュフォーがその重要性を指摘したヒッチコックの演出方法は観客を否応なく画面のなかに引きずりこむ力を持っていました。トリュフォーが観客を重視するのはベルイマンやルノアールへの賛辞にも表れていますが、黒澤の映画にはそれがなくて、目で見て面白い映画ではあっても、観客はあくまで画面の外で楽しんでいるに過ぎない、そこから脱け出せていないと考えたのではないかと思います。黒澤自身はトリュフォーの「大人は判ってくれない」を「今まで見た映画の中で最も美しい映画のひとつ」と褒めていますが、溝口との比較では、「自分は溝口には到底かなわない。」とも語っています。批評家時代の師であるアンドレ・バザンはトリュフォーをたしなめてつぎのような趣旨の手紙を書いています。「黒澤を良しとする人は確かに治療不能な盲目ですが、溝口しか愛さない人は片眼でしょう。黒澤も愛することで、溝口をより一層愛することができるのではありませんか?」いかにもバザンらしい視野の広い寛容な見方ですが、トリュフォーがその提言をどのように受け取ったかは、わかりません。トリュフォーの映画を観ますと、「アメリカの夜」で自演している監督フェランは決して現場で怒鳴ったり俳優を叱責したりはしない、どちらかと言うと弱弱しい存在として描かれています。他の作品でも、トリュフォーは必ず女性を描き、そこで苦悩する男性を描きます。それは溝口の映画の世界に通じるもので、黒澤の世界に通じるものではないでしょうね。トリュフォーは亡くなってから20年以上経ちますが、現在でも彼のお墓には真新しい花が絶えないそうです。それほど多くの映画ファンから愛され、慕われたのは、やはり彼の人間としての正直さに由来するのでしょう。その辺にも溝口と相通ずるものがあるような気がします。中平康監督は、ヌーヴェルヴァーグの若手たちにインスピレーションを与え、新しい映画作りの原動力となった監督としてつとに有名ですね。彼らに影響を与えた作品は「狂った果実」 ( 1956年・日活 )です。中平監督自身は外国映画を非常によく研究していて、当時の日本映画界でも日本人離れした演出手法が高く評価されていたそうです。
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