ドス・カラス(Dos Caras、1951年2月20日 - )は、メキシコ・サン・ルイス・ポトシ州出身の覆面レスラー。本名はホセ・ロドリゲス。身長178cm、体重96kg。
兄のミル・マスカラス、エル・シコデリコ(サイコデリコ)と息子のドス・カラス・ジュニアも覆面レスラー。
来歴
メキシコシティで高校の教師をしていたが、兄に憧れて1970年1月6日にナウカルパンにてプロレスデビュー(デビュー後も高校教師はしばらく続けていた。彼の来日が夏、または冬だったのは、学校が長期休暇になるのに合わせたため)。
1978年6月にカネックを破りナショナル・ライトヘビー級王座を獲得。同年8月に全日本プロレスに参戦するため初来日。いきなり兄マスカラスとのタッグチームで組んでジャイアント馬場・ジャンボ鶴田のインターナショナル・タッグ王座に挑戦して名勝負を繰り広げ、その後マスカラス・ブラザーズとして、たびたび来日。1979年12月にマスカラス・ブラザーズで「世界最強タッグ決定リーグ戦」に参戦。ザ・ファンクスやアブドーラ・ザ・ブッチャー&ザ・シーク組と熱戦を展開した。なかでもファンクス戦は当時トップクラスのアイドルレスラー対決としてプロレス史上に残る対戦となった。ただ、1980年代前半になると全日本の外人トップがファンクスやマスカラスからスタン・ハンセンやブルーザー・ブロディへ交代していったあおりを受けて来日回数が減っていった。
1984年4月にエンリケ・ベラからUWA世界ヘビー級王座を獲得。1985年暮れになると新日本プロレスへ転出し、IWGPタッグ・リーグ戦にカネックとのコンビで参加。藤波辰爾とのシングル戦も実現した。ただリーグ戦自体はアントニオ猪木&坂口征二、藤波&木村健悟、ブロディ&ジミー・スヌーカ、ディック・マードック&マスクド・スーパースターと強豪揃いとあって優勝争いには絡めなかった。
1995年にみちのくプロレスの「ふく面ワールドリーグ戦」でザ・グレート・サスケを破り優勝した。
日本では昭和を代表する外国人レスラーの一人に挙げられるが、メキシコ本国では1990年代にレスラーとしての最盛期を迎えている。
珍事
全日本プロレスでジュニアヘビー選手権を行う予定が「ドスの体重オーバー」によりノンタイトル戦に変更されたことがある。これはメキシコと全日本プロレスのジュニアヘビー級の体重制限が違っているために起きた珍事である。
人物
- 派手な兄:マスカラスと違い非常に控え目な性格だという。
- マスカラスと共に週刊プレイボーイの「人生相談」に参加したことがある。コメントはほとんどマスカラスでドス・カラスは「はい、兄さんの言う通りです」と相槌を打つのみだった。マスカラスに「お前(ドス・カラス)は一度ぐらいは私を倒してやろうと思ったことはあるだろう?」尋ねられれば「とんでもない、兄さんは偉大過ぎます。そんなことを思ったことは一度もありません」と応えた。
得意技
- プランチャ
- トペ・スイシーダ
獲得タイトル
- UWA世界ヘビー級王座
- ナショナル・ライトヘビー級王座
- ナショナルトリオ王座
- WWA世界ヘビー級王座
- CMLL世界トリオ王座
外部リンク
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