
明治大学文学部卒業後、日活に入社。日活がロマンポルノ路線に転向するとその一翼を担い、1972年『花弁のしずく』で監督デビュー。耽美的で凝った演出で売り出し、1975~1977年に3本がキネマ旬報ベストテン入り。前後して東映の大作にも外部招聘された。その後も意欲的なポルノ作品を次々と発表し高い評価を受けたが、1981年にフリーになって以降は、2時間ドラマの演出などテレビの仕事が中心となった。
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