鈴木敏夫 : ウィキペディア(Wikipedia)

ホーム > 俳優・監督 > 鈴木敏夫 > ウィキペディア(Wikipedia)
メニュー

鈴木敏夫のウィキペディア

鈴木 敏夫(すずき としお、1948年8月19日 - )は、日本の編集者、映画プロデューサー。株式会社スタジオジブリ代表取締役、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団副理事長。

株式会社徳間書店取締役、株式会社徳間書店スタジオジブリ・カンパニープレジデント、株式会社徳間書店スタジオジブリ事業本部本部長、東京大学大学院情報学環特任教授、株式会社スタジオジブリ代表取締役社長などを歴任した。

来歴

生い立ち

1948年、愛知県名古屋市にて生まれる鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、10頁。鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、246頁。。私立東海高校を卒業後、上京、慶應義塾大学文学部社会・心理・教育学科社会学専攻に入学。在学中は多くのアルバイトを経験した。

徳間書店

大学卒業後の1972年、徳間書店入社。『週刊アサヒ芸能』企画部へ配属される。1973年、黒崎出版より刊行されていた、児童向けテレビ番組雑誌『テレビランド』がオイルショックのあおりを受けて徳間書店へ売却され、編集スタッフごと移ったのを機に自ら希望して『テレビランド』担当の児童少年編集部へ異動。

1978年、同編集部よりアニメ雑誌『アニメージュ』が創刊、発行される。1981年には宮崎駿を初特集する。宮崎とは共同で『戦国魔城』と題した映画を企画し、徳間書店社長徳間康快に提出した鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、64頁。。結果は不採用であったが、1982年に宮崎執筆の漫画『風の谷のナウシカ』連載開始に尽力する鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、66頁。。後に同作の映画化が決定すると、宮崎の意を受け、プロデューサーを引き受けるよう高畑勲を説得し鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、72頁。、以降は高畑とともに『風の谷のナウシカ』の製作を支えた。

その後、『アニメージュ』初代編集長の尾形英夫が児童少年編集部全体の統括を担うと、実質的に『アニメージュ』の編集実務を担当し、後に尾形の後任として、正式に2代目編集長に就任した。『風の谷のナウシカ』映画化後は徳間書店側の制作委員も務めた。

スタジオジブリ

1989年10月にスタジオジブリへ移籍して以降は、同スタジオ全作品の映画プロデューサーを務めている。移籍した当時、『天空の城ラピュタ』、『となりのトトロ』・『火垂るの墓』等の興行成績は振るわず、『魔女の宅急便』が最後だと言われる状況であった。そこで、日本テレビと提携することで、『魔女の宅急便』をヒットさせ、後のスタジオジブリ作品の興行的成功とブランド確立につなげた。メイキングビデオ『もののけ姫はこうして生まれた。』では、爆発的なヒットを仕掛けた宣伝プロデューサーとしての一面が収められている。しかし『ホーホケキョ となりの山田くん』や『イノセンス』では興行目標がクリアされなかった。

1997年、スタジオジブリが徳間書店に吸収合併され、社内カンパニーとして発足した「スタジオジブリ・カンパニー」のプレジデントに就任した。1999年、同書店が事業本部制を導入し、「スタジオジブリ事業本部」が設立されると、本部長に就任した。2005年、スタジオジブリが徳間書店から再独立した際には、代表取締役社長に就任した。2008年2月1日付でスタジオジブリ代表取締役社長を退任し(後任は星野康二)、以降は代表取締役を務めている。

本業以外に『耳をすませば』、『もののけ姫』に端役で出演している。『ハウルの動く城』では宮崎監督に代わり、公式ポスターの原画を、『ゲド戦記』では題字を担当している。押井守監督作品の実写映画では短編『KILLERS キラーズ』で「悪徳アニメプロデューサー」役、2006年公開の『立喰師列伝』では立喰師役の一人(これは本人の懇願によって実現した)、『THE NEXT GENERATION -パトレイバー-』のエピソード6では「『熱風社』」映像プロデューサー」として出演している。また、DVD『ノンちゃん雲に乗る』の中で、大橋のぞみに付く二枚目風運転手役で出演しその横顔を決めている。2004年には東京大学大学院の情報学環にて特任教授に就任し、「コンテンツ創造プログラム」などを講じた鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、247頁。。

対人関係

高畑勲
アニメーション監督の高畑勲とは、『アニメージュ』の取材を通じて知り合った。プロデューサーの役割や映画の作り方について、高畑から学んだと語っている。高畑が『風の谷のナウシカ』で初めてプロデューサーを務めた際、鈴木も高畑とともに映画製作に携わっていた。高畑が勉強しながら手探りでプロデューサーを務める様を見て、鈴木は「非常に具体的かつ分かりやすくアニメーション映画の作り方を学べた」鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、78頁。としている。
宮崎駿と鈴木が企画した『風の谷のナウシカ』の映画化が決定すると、宮崎の要望に基づき、鈴木は高畑勲にプロデューサーを引き受けるよう要請した。高畑が慎重な姿勢を崩さないため、鈴木は高畑の自宅に日参し1か月に渡って延々と説得を繰り返した。ところが、高畑は1か月かけて日本におけるプロデューサーの役割を分析しており、それを大学ノート1冊を費やして『プロデューサーとは何か?』と題した論文に纏め、「だから僕はプロデューサーに向いていない」と主張した。呆れた鈴木が「理屈ではそうかもしれないですけれど、高畑さん、あなたは宮崎さんの友人でしょ。その友人が困っているんですよ。そんなときに、あなたは力を貸そうとしないんですか」と声を荒らげたため、高畑は『風の谷のナウシカ』のプロデューサーに就任することを諒承した。しかし、アニメーション制作の拠点をどうするのか鈴木に目算がなかったため、高畑から「何を作るか、どうやって作るか。それを全部、宮崎駿におんぶに抱っこか?」鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、73頁。と叱責された。以降は、高畑と鈴木が2人で制作拠点となるアニメーションスタジオの選定や人材の確保に奔走した。『風の谷のナウシカ』製作当時を振り返り、鈴木は「僕はプロデューサーという仕事を、このときプロデューサー初体験だった高畑さんから学んでいくんです」と述懐している。
宮崎吾朗
ランドスケープコンサルタントでランドスケープアーキテクトとして働いていた宮崎吾朗に声をかけ、三鷹の森ジブリ美術館のデザイナーとしてスタジオジブリに入社させた。ジブリ美術館の仕事を通じて「自分の考えを実行に移す彼のパワー」を評価した鈴木は、宮崎吾朗を『ゲド戦記』の企画に参加させ、宮崎駿の猛烈な反対を押し切って監督に据える世界一早い「ゲド戦記」インタビュー 鈴木敏夫プロデューサーに聞く : 100人のジブリ : ジブリをいっぱい : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
宮崎吾朗は、ニコニコ生放送での対談で「親父(宮崎駿)のコネがなかったら、アニメを作ってないと思いますか?」という視聴者からの質問に「コネというより、そこに鈴木敏夫がいたことのほうが問題だと思う」と述べている。鈴木は宮崎吾朗のこの発言を遮る形で「宮崎駿を父に持ち、父のもとで映画を作る。大変な逆境に置かれているわけで、誰も味わえない。それをやれるのは吾朗君だけ。日々、生きているという実感があるでしょう?」とコメントした「神回だああああああああ」 宮崎駿&鈴木敏夫がニコ生にサプライズ出演:ガジェット通信

人物

  • スタジオジブリは日本テレビ(読売新聞社系列のテレビ局)との縁が深いが、鈴木自身は大の中日ドラゴンズファンである。家では朝日新聞と東京中日スポーツを購読し、なかでも東京中日スポーツは創刊時より読み続けている。
  • 選手では落合博満のファンで、自身のラジオ番組にゲスト出演してもらったことがある。1991年には宮崎駿に落合博満と竜をモデルにしたキャラクターをデザインしてもらっている。2006年に中日ドラゴンズ公式ファンクラブが球団設立70周年を記念して創設された際、マスコットとして採用され、ガブリと名付けられた。自身もクラブより名誉会員1号の称号を贈られた。
  • 娘の鈴木麻実子は、『耳をすませば』の主題歌の和訳や『千と千尋の神隠し』の楽曲「ふたたび」の作詞を手がけている。
  • 喫煙者。『ゲド戦記』の公開前に受けたJT(日本たばこ産業)のインタビューにおいて、彼にとってはタバコが嗜好品であり、タバコ以外には特になく、タバコを吸っているため(鈴木自身の)ストレスが少ないのであると笑って答えた。2016年には松山全日空ホテルにおいて、日本たばこ産業株式会社のJTフォーラムの講演を行っている鈴木敏夫さん 講演レビュー(2016年10月)。
  • 手塚治虫の担当編集者をしていた時期がある「」NHK(2014年度「知の巨人たち})2015年2月25日閲覧。
  • キャスティングの特徴として、本業の声優ではなく、俳優やタレントを起用する傾向がある鈴木敏夫『映画道楽』ぴあ、2005年、60頁。。
  • テレビアニメSHIROBAKOにおいて、「鈴木敏三」の名で凄腕のプロデューサーとして名が挙がっている。
  • アジアの映画産業は門戸開放しており、映画公開も全アジア規模で行われているのに対して、日本ではアジアの映画は公開されず、「井の中の蛙」になってしまうとして、外国の人材を受け入れるべきであると主張している「東商新聞 Biz Extra」通巻48号 企画1頁 『Interview リーダーに聞く 鈴木敏夫』 東京商工会議所 2017年3月20日。

略歴

  • 1948年 - 愛知県名古屋市にて誕生。
  • 1967年 - 慶應義塾大学文学部入学。
  • 1972年 - 徳間書店入社。
  • 1982年 - 徳間書店『月刊アニメージュ』副編集長。
  • 1986年 - 徳間書店『月刊アニメージュ』編集長。
  • 1989年 - 徳間書店退社。
  • 1989年 - スタジオジブリ入社。
  • 1989年 - スタジオジブリ製作部部長。
  • 1990年 - スタジオジブリ取締役。
  • 1997年 - 徳間書店スタジオジブリ・カンパニープレジデント。
  • 1999年 - 徳間書店スタジオジブリ事業本部本部長。
  • 2004年 - 東京大学大学院情報学環特任教授。
  • 2004年 - スタジオジブリ社長。
  • 2008年 - スタジオジブリ取締役。

賞歴

  • 1992年 - 第11回藤本賞特別賞。
  • 1997年 - 第14回山路ふみ子文化賞。
  • 1998年 - 第17回藤本賞。
  • 2002年 - AMD Award / Digital Contents of the Year '01 特別賞。
  • 2002年 - デジタルコンテンツグランプリ2001 DCAj会長賞。
  • 2002年 - 2002年度エランドール賞プロデューサー賞。
  • 2002年 - 第21回藤本賞。
  • 2002年 - 第1回日本イノベーター大賞。
  • 2007年 - 第2回渡辺晋賞。
  • 2014年 - 第64回芸術選奨文部科学大臣賞。
  • 2014年 - GQ MEN OF THE YEAR 2014
  • 2015年 - AMD Award / 20周年記念特別賞

作品

映画

タイトル 役職
1987 デジタル・デビル物語 女神転生 プロデューサー
1989 魔女の宅急便 制作補
1991 おもひでぽろぽろ プロデューサー
1992 紅の豚 プロデューサー
1994 平成狸合戦ぽんぽこ プロデューサー
1995 耳をすませば プロデューサー
1995 ジブリ実験劇場 On Your Mark プロデューサー
1997 もののけ姫 プロデューサー
1999 ホーホケキョ となりの山田くん プロデューサー
2000 サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS 製作
2000 式日 製作
2001 リセス ぼくらの夏休みを守れ! 製作
2001千と千尋の神隠し プロデューサー
2002 めいとこねこバスプロデューサー
2002 コロの大さんぽ製作プロデューサー
2002猫の恩返し製作プロデューサー
2002 ギブリーズ episode2製作プロデューサー・キャラクター原案
2004 イノセンスプロデューサー
2004 ハウルの動く城プロデューサー
2006 ゲド戦記プロデューサー
2007 真・女立喰師列伝題字
2008 崖の上のポニョ プロデューサー
2009 チェ 28歳の革命 / 39歳 別れの手紙 キャッチコピー
2010 トイ・ストーリー3 Toy Story 3 スペシャルサンクス
2010 借りぐらしのアリエッティプロデューサー
2011 コクリコ坂からプロデューサー
2012 巨神兵 東京に現わる 製作
2013 風立ちぬ プロデューサー
2013かぐや姫の物語 企画
2014 思い出のマーニー 製作
2016 ガルム・ウォーズ 日本語版プロデューサー
2016 レッドタートル ある島の物語 プロデューサー

テレビ

  • 海がきこえる(1993年) - 企画
  • ギブリーズ(2000年) - キャラクター原案

CM

  • 日清製粉グループ本社(2010年 - ) - 企業CMキャラクター「コニャラ」を製作。

WEB

  • 日本アニメ(ーター)見本市(2014年)題字彩飾

その他

  • ニコニコ超会議2017のキャッチフレーズ 題字

出演

映画

  • 夢を追いかけて(1993年4月10日劇場公開)
  • 耳をすませば(1995年) - 西の友人
  • もののけ姫(1997年)
  • KILLERS キラーズ(2003年) - 悪徳アニメプロデューサー
  • 立喰師列伝(2006年) - 冷やしタヌキの政
  • 真・女立喰師列伝(2007年) - 「戦後思想」編集長・坂崎一の声
  • 夢と狂気の王国(2013年)
  • THE NEXT GENERATION -パトレイバー- 第6話(2014年)

テレビドラマ

  • 夢を追いかけて(1992年、よみうりテレビ)

テレビ

  • プロフェッショナル 仕事の流儀(2006年4月10日、同番組で取り上げられた)
  • 情熱大陸(2014年8月3日)

ラジオ

  • 鈴木敏夫のジブリ汗まみれ(TOKYO FM 2007年10月7日〜 毎週日曜23:00 - 23:30、JFN38局ネット DJ)

OV

  • 「もののけ姫」はこうして生まれた。(1998年)
  • ラセターさん、ありがとう(2003年)
  • ポニョはこうして生まれた。〜宮崎駿の思考過程〜(2009年)

著書

  • 映画道楽(ぴあ、2005年4月刊/角川文庫、2012年11月刊)
  • 仕事道楽-スタジオジブリの現場(岩波新書、2008年7月刊、増補版2014年5月刊)
  • ジブリの哲学-変わるものと変わらないもの(岩波書店、2011年8月刊)、ドキュメントエッセイ
  • 鈴木敏夫のジブリ汗まみれ(復刊ドットコム)、各対談本
  1. 2013年3月刊、ISBN 9784835449258
:# 2013年7月刊、ISBN 9784835449265 :# 2013年11月刊、ISBN 9784835449272 :# 2014年7月刊、ISBN 9784835449289 :# 2016年3月刊、ISBN 9784835449296
  • 風に吹かれて(中央公論新社、2013年8月刊)、回想記
  • ジブリの仲間たち(新潮新書、2016年6月刊)
  • ジブリの文学(岩波書店、2017年3月刊)、エッセイ・対談

関連項目

関連文献

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2017/08/21 05:23 UTC (変更履歴
Text is available under Creative Commons Attribution-ShareAlike and/or GNU Free Documentation License.

  • 鈴木敏夫
  • 鈴木敏夫の作品
  • 鈴木敏夫の受賞歴
  • 鈴木敏夫の写真・画像
  • 鈴木敏夫の動画
  • 鈴木敏夫の関連記事
  • 鈴木敏夫のDVD
  • 鈴木敏夫のWikipedia
  • 鈴木敏夫の密着
このページの先頭へ

最近チェックした履歴

映画の検索履歴

他の映画を探す

映画館の検索履歴

他の映画館を探す
Jobnavi