ブルース・ディッキンソン : ウィキペディア(Wikipedia)

ブルース・ディッキンソンBruce Dickinson、本名: Paul Bruce Dickinson、1958年8月7日 - )は、イングランド出身のロックミュージシャン、実業家、航空機操縦士、英国王立空軍名誉大尉。身長168cm。

アイアン・メイデンのヴォーカリストとして最も知られている。

略歴

学生時代からStyx(1976年)(スティクスとは別のバンド)、Speed(1977~1978年)、Shots(1979年)、Xero(のちに)といったバンドで活動を始める。このうちSpeedにおいては1977年にDraculaをレコーディングしており、これが自身にとって初のスタジオ録音となった『ベスト・オブ・ブルース・ディッキンソン』日本盤初回CD(VICP-61523-4)ライナーノーツ(伊藤政則、2001年8月22日)。その後1980年にブルース・ブルースの名でHR/HMバンド・サムソンのヴォーカリストとなったことでスティーヴ・ハリスに一目置かれ、1981年秋、アイアン・メイデン加入へとスカウトされた。

『魔力の刻印』(1982年)におけるヴォーカルは(この時期の活動についてはアイアン・メイデンの項目を参照)。また、し、もありつつ愛された。

アイアン・メイデン加入後のバンド外での初の活動は、『エルム街の悪夢5 ザ・ドリームチャイルド』(1989年)のサントラに使用された Bring Your Daughter to the Slaughter 。(この曲は後にアイアン・メイデンのアルバム『ノー・プレイヤー・フォー・ザ・ダイング』でも取り上げられた)。これに続き、後にアイアン・メイデンのギタリストとなるヤニック・ガーズを擁した初のソロ・アルバム『タトゥード・ミリオネア』(1990年)を発表。

そしてソロ第2作目発表を前に、ソロ活動専念のためアイアン・メイデンを脱退。ロイ・Zと彼のバンド Tribe of Gypsies と共にアルバム『ボールズ・トゥ・ピカソ』(1994年)を完成させる。

次の作曲パートナーとしてギタリストの Alex Dickson を選び、まずはツアーを行って『アライヴ・イン・スタジオA』としてライヴ音源を発表。この新体制で『スカンクワークス』(1996年)を発表し、同時にバンドとしての正式な活動を発表するが、アルバムの売り上げ不振やですぐに空中分解してしまう。

再びロイ・Zと活動を始めると同時にアイアン・メイデン時代の同僚エイドリアン・スミスを招き、『アクシデント・オブ・バース』(1997年)を発表。久しぶりに正統派ヘヴィ・メタル色の強い楽曲を歌ったことで旧来のファンから喝采を浴び、となった。さらにこの音楽性を推し進め、ウィリアム・ブレイクにインスパイアされたアルバム『ケミカル・ウェディング』(1998年)を発表。同じ布陣でライヴ・アルバム『スクリーム・フォー・ミー・ブラジル』(1999年)を発売した。そしてアイアン・メイデンへの復帰が告知される。

2001年、ソロ・キャリアを総括する『ベスト・オブ・ブルース・ディッキンソン』を発売。その後はアイアン・メイデンでの活動と同時に、ソロ・アルバム『ティラニー・オブ・ソウルズ』(2005年)を発表する等、ソロ活動も継続中。

2015年2月、昨年12月に癌性腫瘍が見つかり、同年5月まで治療中と公表したアイアン・メイデンのブルース・ディッキンソン、癌を公表 - BARKS。9週間におよぶ化学療法の末、腫瘍の全摘出に成功している。

人物

音楽以外の活動も多岐にわたっている。イギリスの航空会社 アストライオス航空でボーイング757のパイロットを勤め、。アイアン・メイデンの2008~2009年、2011年、2016年のワールドツアーに於いても自ら操縦桿を握り、チャーター機を操縦しているアイアン・メイデン、新エド・フォース・ワンをお披露目 - BARKS、2016年3月13日閲覧アイアン・メイデン『FLIGHT 666』、世界同日35カ国にて上映 - BARKS、2016年3月13日閲覧アイアン・メイデン、エド・フォース・ワン日本に再着陸 - BARKS、2016年3月13日閲覧アイアン・メイデンの航空機、地上移動中に損傷 チリで足止め - AFPBB News、2016年3月13日閲覧。2016年には機材運搬に用いる機体をボーイング747-400に変更するため、シミュレータでの訓練を経て操縦資格を新たに取得している。アストライオス航空の経営破綻後はウェールズの格安航空会社の株式を買い取り、その会社を元に新たに「カーディフ・アヴィエーション」を立ち上げ、アストライオス航空の従業員を再雇用するなど、パイロットのみならず経営者としての手腕を発揮している。

イギリス空軍にも携わり、第601フェンシング飛行隊に所属している(2023年時点)。2006年のレバノン侵攻や、2008年アフガニスタンでのミッションに協力。2020年これまでの功績から、同飛行隊の名誉中隊長(階級は名誉大尉)に任命された。また、テレビ番組の企画でソ連戦車T-34を操縦した事がある。

ビール醸造所の経営にも関与しており、アイアン・メイデンブランドのビールを製造販売する、企業経営者としての一面も持っている。

フェンシングやクリケットの腕前も確かで、23歳の頃にはイギリス国内のフェンシングのランキングで7位となっておりIron Maiden's Bruce Dickinson Fences Against Olympic Medalist - ultimateclassicrock - 2014年7月21日閲覧、アイアン・メイデンを一時脱退していた時期には経歴を持つ。

元々は歴史教師になるためにロンドン大学を構成するカレッジのひとつであるクイーン・メアリーで歴史学を学んだIt's Dr Bruce Dickinson!Honorary degrees awarded to rock star, space explorer and visionary artist by Queen MaryBruce Dickinson gives keynote speech at Queen Mary innovation showcaseインテリであり、文筆業の実績も残している。1990年には『The Adventures of Lord Iffy Boatrace』を出版して小説家デビューを果たしHe ain't heavy he's your captain... and an Iron Maiden Rocker | Mail Online - 2014年7月28日閲覧、2008年公開のホラー映画『Chemical Wedding』では監督のと共同で脚本を執筆したBruce Dickinson's 'Chemical Wedding' Movie: Nyc 'Sneak Showing' Scheduled For This Weekend - Blabbermouth.net - 2014年7月28日閲覧。

2019年11月、29年前に結婚した妻と2018年に破局を迎えていたとのことで、現在は新たな恋人と共にフランスのパリで暮らしている。妻とはすぐに離婚するつもりはないという。その後2020年5月18日に妻が死去。「とんでもない悲劇だ。3人の子供たちと自分は大きなショックを受けている。妻に敬意を表しこれ以上のコメントは出さない」と語った。

息子が2人、娘が1人おり、2人の息子はバンド活動を行っている。

長男オースティンはロンドンを拠点に活動していたメタルコアバンド「ライズ・トゥ・リメイン」のボーカルとして、2011年にメジャーデビューを果たした。2015年に解散した後は、新バンド「As Lions」で活動中。

次男グリフィンは「SHVPES」で活動していたが、2020年7月に解散が発表された。

父方のいとこのロブ・ディッキンソンは、1990年代に活躍したシューゲイザーバンド、キャサリン・ホイールのフロントマンである。

ディスコグラフィ

サムソン

  • サバイバーズ - Survivors (1979)
  • ヘッド・オン - Head On (1980)
  • ショック・タクティクス - Shock Tactics (1981)
  • ライブ・アット・レディング '81 - Live At Reading 1981 (1990)

アイアン・メイデン

  • 魔力の刻印 - The Number of the Beast (1982)
  • 頭脳改革 - Piece of Mind (1983)
  • パワースレイヴ - Powerslave (1984)
  • サムホエア・イン・タイム - Somewhere in Time (1986)
  • 第七の予言 - Seventh Son of a Seventh Son (1988)
  • ノー・プレイヤー・フォー・ザ・ダイイング - No Prayer for the Dying (1990)
  • フィア・オブ・ザ・ダーク - Fear of the Dark (1992)
  • ブレイヴ・ニュー・ワールド - Brave New World (2000)
  • 死の舞踏 - Dance of Death (2003)
  • ア・マター・オブ・ライフ・アンド・デス〜戦記 - A Matter Of Life And Death (2006)
  • ファイナル・フロンティア - The Final Frontier (2010)
  • 魂の書〜ザ・ブック・オブ・ソウルズ〜 - The Book of Souls (2015)
  • 戦術 - Senjutsu(2021)

ブルース・ディッキンソン

オリジナル・アルバム

  • タトゥード・ミリオネア - Tattooed Millionaire (1990)
  • ボールズ・トゥ・ピカソ - Balls to Picasso (1994)
  • スカンクワークス - Skunkworks (1996)
  • アクシデント・オブ・バース - Accident of Birth (1997)
  • ケミカル・ウェディング - The Chemical Wedding (1998)
  • ティラニー・オブ・ソウルズ - Tyranny of Souls (2005)
  • マンドレイク・プロジェクト - The Mandrake Project (2024)

シングル

  • ティアーズ・オブ・ザ・ドラゴン (1994)
  • バック・フロム・ジ・エッジ (1996)
  • マン・オブ・ソロウズ (1997)
  • キリング・フロア (1998)

ライヴ・アルバム

  • アライヴ・イン・スタジオA - Alive in Studio A (1995)
  • ライヴ・イン・スペイン (1996/EP)
  • スクリーム・フォー・ミー・ブラジル - Scream for Me Brazil (1999)

ビデオ (DVD)

  • Dive! Dive! Live! (1990)
  • Skunkworks Live Video (1997)
  • Scream for Me Sarajevo (2018)

コンピレーション

  • ベスト・オブ・ブルース・ディッキンソン - The Best of Bruce Dickinson (2001)

書誌

  • The Adventures of Lord Iffy Boatrace (1990)
  • The Missionary Position (1992)
  • ブルース・ディッキンソン自伝(2018年9月10日、シンコーミュージック)ISBN 978-4-401-64614-2

外部リンク

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