
人物紹介
1932京都市生まれ。京都大学法学部卒。54年、松竹大船に入社。助監督を経て59年「愛と希望の街」で監督デビュー、「青春残酷物語」(60)などのヒット作で松竹ヌーベルバーグの旗手となる。安保闘争を描いた「日本の夜と霧」(60)の上映中止に抗議し松竹を退社。75年には大島渚プロダクションを創立。「愛のコリーダ」(76)、「戦場のメリークリスマス」(83)など、諸外国との合作作品が続く。78年の「愛の亡霊」でカンヌ国際映画祭最優秀監督賞を受賞した。テレビのコメンテーターとしても活躍するが、96年、脳内出血のため講演先のロンドンで倒れる。その後完成させたのが「御法度」(99)であるが、今なお闘病生活が続いている。
大島 渚(おおしま なぎさ、1932年3月31日 - )は、日本の映画監督。夫人は女優の小山明子。妹の大島瑛子は女優、プロデューサー。
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