伝統的な造りの怪談映画はもう出ないのでしょうか?往年の怪談映画は見ている人を「こ...

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伝統的な造りの怪談映画はもう出ないのでしょうか?往年の怪談映画は見ている人を「これでもか、これでもか」というくらい徹底的に怖がらせてくれました。見たら夜トイレに行けなくなるものばかりでした。思いつくものだけでも、四谷怪談、番町皿屋敷、怪猫佐賀屋敷、真景累ヶ淵、牡丹灯篭、吉備津の釜など、多くは女性の幽霊が男性の前に現れるパターンでした。(昔は四大怪談という呼び名も聞いたことがあります)ところが、近年はそれらを大真面目に映像化した作品がないような気がしています。「嗤う伊右衛門」は外伝的な造りでした。テレビドラマの「怪談百物語」はもう少し原作通りのリメイクでしたが、どれも恐怖モノとしては往年の作品に及ばなかったと思います。怪談以外での近年の怪奇モノを挙げますと、「リング」を観ましたが、私的には「不気味ではあるけど、おどろおどろしさがない」という感想です。横溝正史の作品も昔の映像化作品に比べると最近のはおどろおどろしくないと思います。マンガでは楳図かずお氏の「漂流教室」がロングラブレターとしてドラマになりましたが、怪奇色がカットされています。(これらを物足りなく感じる私もきっと「年を取った」ということなのでしょう・・・)素朴な疑問としまして、今は特撮やメイクの技術も進歩しているのに、見ていて「血が凍る」ような作品はできないのでしょうか?往年のような造りは最近の人には受けないのでしょうか?ご意見よろしくお願いします。

質問日時: 2009/05/19 00:30:37

解決日時: 2009/05/21 02:21:18



まず、今の人は因縁話にそれほどの恐怖を感じないというのがあります。「ああ、悪いことしたんだ。じゃあ仕方ないね」というのが今の人のスタンスでしょう。お岩に同情しても、誰も伊右衛門には感情移入しないんです。それじゃあ怖がりようがありません。「リング」「呪怨」などの今のホラーの「怖さ」は、何もしていないのに理不尽な恨み、呪いによって死に至る、要するに「交通事故的な怖さ」なんですね。幽霊などより現実の人間の方が余程怖い。実際、酷く即物的な恨みで人を安直に殺す事件が多いですよね。そちらの方が「今の怖さ」なのだと思います。そういう意味で「リング」は良くできてると思います。あれぐらい即物的な、理不尽な今風の恨み話、呪い話はありませんから。あと、中川信夫さんのような「ケレン」が巧い監督さんがいなくなっているという事実。現実的な描写の方が「リアリティがある」と言う、わかったような、わからないような言葉でほめられてしまうので、いわゆる「ケレン」が敬遠されがち、継承されなくなってるという事実があると思います。今の日本の監督さんは良くも悪くも優等生で、ここぞという時のケレンが下手です。ここでもう一押し、というところで、さらっと流してしまう。結果的に印象に残らない。作劇に関しても、歌舞伎や新劇の積み重ねたものを一気に「物語的快楽」で押し切る、物語としてのケレンが身についてないから、そういう話をやるとボロが出ます。全編ケレンで押し切らないといけない時代劇が廃れていったのも関係してるでしょうね。何故か、日本ではケレンに満ちたお話は古臭いと思われがちです。個人的には「これこれ、来た来た!」みたいな話こそ、映画で語るべきだと思いますが。「漂流教室」はまた別ですね。あれはホラーではなく、サバイバルものなので、元から怪奇ものの色合いは薄いです。その代わり人間の残酷性がこれでもかと描かれる。その辺は今のTVが一番苦手にしてるものなのに何故選ぶのか。選んだプロデューサーは原作を何も理解してないんでしょう。

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