イングリッド・バーグマン : ウィキペディア(Wikipedia)

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イングリッド・バーグマンIngrid Bergman, 1915年8月29日 - 1982年8月29日)は、ハリウッドで活躍したスウェーデン出身の女優。スウェーデンではベルイマンと発音される。

スウェーデン語、ドイツ語、フランス語、英語、イタリア語に堪能だった。

生涯

ストックホルムにて、スウェーデン人の父親と、ドイツ人の母親の元に生まれる。バーグマンが3歳の時に母親が、13歳の時には父親が亡くなり、叔母の家に引き取られる。17歳の時にスウェーデンの王立演技学校(Dramatens elevskola)のオーディションに合格し演技を学ぶようになるが、すぐにエキストラや端役として映画に出演するようになる。1936年には『間奏曲』に主演。1937年(21歳のとき)、歯科医・医師のペッテル・リンドストローム(Petter Lindström)と結婚し、翌年に娘ピア・リンドストローム(女優)を出産する。

その後、『間奏曲』を見たハリウッドのプロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックに招かれて渡米して、同作品のリメイクである『別離』(1939年)に主演した。1942年の『カサブランカ』で一躍スターになり、1944年の『ガス燈』でアカデミー主演女優賞を獲得した。

女優として頂点を極めたかに見えたが、イタリアの巨匠ロベルト・ロッセリーニ監督の作品を見て感動し、すぐさま手紙を送って、仕事と家庭を捨ててロッセリーニの元に走り、彼の映画に出演する。その結果、当時の世論から不倫を激しく非難され、ハリウッドから実質的に追放された。娘のピアとも何年も会わず、親子の確執があったが、後に和解したと伝えられている。

やがて世論も和らぎ、1956年の『追想』に出演して、2度目のアカデミー主演女優賞を受賞。1974年の『オリエント急行殺人事件』では同助演女優賞を受賞し、生涯に3回オスカーを獲得している。ハリウッドを追放されていた時期も、復帰してハリウッドに戻ってきた時も、変わらず友情を保ってくれたのは俳優のケーリー・グラントただ一人だったという。

ノーベル文学賞作家のヘミングウェイの著書で1930年代後半に起きたスペイン内戦を描いた『誰がために鐘は鳴る』の映画化(1943年)では、『別離』を観た原作者が自ら主人公のマリア役としてバーグマンを指名した。

知性を感じさせる美貌(芸能界では当たり前といわれた美容整形を拒否した)と情熱的な演技で人気を博す。名実ともに20世紀を代表する大女優のひとりである。円熟期に映画出演ができなかったのは、不倫に対する非難を受けたためである。

ロベルト・ロッセリーニと組んで製作された映画は興行的に失敗した。映画界から追放された後、夫婦の生活は経済的にも実質的にも破綻して、やがて夫婦は離婚に至った。結婚中に生まれた双子の娘のひとり、イザベラ・ロッセリーニは母をしのばせる女優である。そしてそのイザベラの娘エレトラ・ロッセリーニは、ランコムの代表モデルを母親から引き継いだ。

1982年に癌のため、67歳で死去。生没同日だった。彼女の墓には「彼女は生の最後まで演技をした」と書かれている。

AFI(アメリカ映画協会)選定の「最も偉大な女優50人」第4位。

名言

  • 「富と名声に、成功を見出したことはない。私にとっての成功は、才能と情熱の中にあるの。」
  • 「私の後悔することは、やらなかったことであり、できなかったことではない」

評言

バーグマンに「イングリッド、たかが映画じゃないか」という言葉を発したヒッチコックはバーグマンの女優根性を「彼女は傑作にしか出たがらない女優なんだ」と評した(フランソワ・トリュフォー『映画術』)。

雑誌

同じく1982年に亡くなったグレース・ケリーと共に2007年、没後25周年記念で特集された。また2002年に近代映画社の〈スクリーン・デラックス〉に『イングリッド・バーグマン&グレース・ケリー 永遠の2大クール・ビューティーズ』がある。

主な出演作品

特筆事項があるものは題名の後ろに追加。

  • ムンクブローの伯爵 - [[:sv:Munkbrogreven|Munkbrogreven]] (1935年)
  • スウェーデンイェルムの家 - [[:sv:Swedenhielms (1935)|Swedenhielms]] (1935年)
  • ワルプルギスの夜 - [[:sv:Valborgsmässoafton (film, 1935)|Valborgsmässoafton]] (1935年)
  • 間奏曲 - [[:en:Intermezzo (1936 film)|Intermezzo]] (1936年)
  • ドル - [[:sv:Dollar (film)|Dollar]] (1938年)
  • 女の顔 - [[:sv:En kvinnas ansikte|En kvinnas ansikte]](1938年) ※1941年にハリウッドでジョーン・クロフォード、メルヴィン・ダグラス主演でリメイク
  • 一夜かぎり - [[:sv:En enda natt|En enda natt]] (1938年)
  • 別離 - [[:en:Intermezzo (1939 film)|Intermezzo: A Love Story]] (1939年)
  • 六月の夜 - [[:en:Juninatten|Juninatten]] (1940年)
  • ジキル博士とハイド氏 - [[:en:Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1941 film)|Dr. Jekyll and Mr. Hyde]](1941年)
  • カサブランカ - [[:en:Casablanca (film)|Casablanca]] (1942年)
  • 誰が為に鐘は鳴る - [[:en:For Whom the Bell Tolls (film)|For Whom the Bell Tolls]] (1943年)
  • ガス燈 - [[:en:Gaslight (1944 film)|Gaslight]] (1944年) ※キネマ旬報ベストテン第9位
  • 聖メリーの鐘 - [[:en:The Bells of St. Mary's|The Bells of St. Mary's]] (1945年)
  • 白い恐怖 - [[:en:Spellbound (1945 film)|Spellbound]] (1945年)
  • サラトガ本線 - [[:en:Saratoga Trunk|Saratoga Trunk]] (1945年)
  • 汚名 - [[:en:Notorious (1946 film)|Notorious]] (1946年)
  • 凱旋門 - [[:en:Arch of Triumph (1948 film)|Arch of Triumph]](1948年)
  • ジャンヌ・ダーク - [[:en:Joan of Arc (1948 film)|Joan of Arc]] (1948年)
  • 山羊座の元に - [[:en:Under Capricorn|Under Capricorn]] (1949年)
  • ストロンボリ/神の土地 - [[:en:Stromboli (film)|Stromboli]](1950年)
  • ヨーロッパ一九五一年 - [[:en:Europa '51|Europa '51]] (1952年)
  • われら女性 - [[:en:Siamo donne|Siamo donne]] (1953年) ※オムニバス映画。ロッセリーニ編に出演
  • イタリア旅行 - [[:en:Journey to Italy|Journey to Italy]] (1954年) ※1960年代にジャン=リュック・ゴダールによって再評価され、現在ではヌーヴェル・ヴァーグの先駆的作品と評価されている。
  • 不安 - [[:en:La Paura|La Paura]] (1954年)
  • 恋多き女 - [[:en:Elena and Her Men|Elena and Her Men]] (1956年)
  • 追想 - [[:en:Anastasia (1956 film)|Anastasia]] (1956年)
  • 無分別 - [[:en:Indiscreet (1958 film)|Indiscreet]] (1958年)
  • 六番目の幸福 - [[:en:The Inn of the Sixth Happiness|The Inn of the Sixth Happiness]] (1958年)
  • さよならをもう一度 - [[:en:Goodbye Again (1961 film)|Goodbye Again]](1961年)
  • 訪れ - [[:en:The Visit (1964 film)|The Visit]] (1964年)
  • 黄色いロールスロイス - [[:en:The Yellow Rolls-Royce|The Yellow Rolls-Royce]] (1964年) ※オムニバス映画。
  • サボテンの花 - [[:en:Cactus Flower (film)|Cactus Flower]] (1969年)
  • 春の雨の中を - [[:en:Walk in the Spring Rain|Walk in the Spring Rain]](1970年)
  • オリエント急行殺人事件 - [[:en:Murder on the Orient Express (1974 film)|Murder on the Orient Express]](1974年)
  • 秋のソナタ - [[:en:Autumn Sonata|Höstsonaten]](1978年) ※キネマ旬報ベストテン第2位

主な受賞

  • アカデミー賞
    • 1944年度 主演女優賞 『ガス燈』
    • 1956年度 主演女優賞 『追想』
    • 1974年度 助演女優賞 『オリエント急行殺人事件』
  • ゴールデングローブ賞
    • 1944年度 主演女優賞(ドラマ部門) 『ガス燈』
    • 1954年度 主演女優賞(ドラマ部門) 『聖メリーの鐘』
    • 1956年度 主演女優賞(ドラマ部門) 『追想』
  • 英国アカデミー賞
    • 1974年度 助演女優賞 『オリエント急行殺人事件』
  • セザール賞
    • 1976年度 名誉賞
  • エミー賞
    • 1960年度 主演女優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門) 『The Turn of the Screw
    • 1982年度 主演女優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門) 『A Woman Called Golda
  • トニー賞
    • 1947年度 主演女優賞(演劇部門) 『Joan of Lorraine

文献

  • ローレンス・リーマー『イングリッド・バーグマン 時の過ぎゆくまま』(大社淑子訳、朝日新聞出版 1989年)
  • イングリッド・バーグマン、アラン・バージェス共著『イングリッド・バーグマン マイ・ストーリー』(永井淳訳、新潮社 1982年)
  • 『大女優の一生 イングリッド・バーグマン』(近代映画社 1983年)

関連項目

  • バラ:没後「イングリッド・バーグマン」というバラが発表された。2000年世界バラ会議によって「バラの殿堂」に入った。
  • ワイン:最も一般的とされるボルドー型のワインボトルを「バーグマン型」と呼ぶことがある(肩幅が広いことから)。
  • フェラーリ:1954年、当時の夫ロベルト・ロッセリーニから贈られた375MMベルリネッタは、彼女のために製作された1台限りの車であった。そのエピソードから通称「バーグマン・クーペ」と呼ばれる。またその車に塗られた色は現代のフェラーリ車にオーダーすることが可能で、その名をGrigio Ingrid(=イングリッド・グレー)という。

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2009/11/09 01:37 UTC (変更履歴
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