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パパにさよならできるまで
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NEWS ABOUT THE FILM CAST&STAFF PRODUCTION NOTE THEATER
PRODUCTION NOTE
■ 監督からのメッセージ
ペニー・パナヨトプル私がこの映画を作ったのは、大人になって失うものすべてにまつわる深い痛みを、物語を語ることでやわらげたかったからです。主人公はひとりの小さくて純真な人間。彼は強く願うことで、大人との約束や日々の暮らしから自らを解き放ち、宇宙に向かって人生初の大きな一歩を踏み出していきます。そこは引力からも解放された世界です。
幼い頃、宇宙飛行士が月からの眺めをこのように表現したのを聞いて身震いしたことを今でもおぼえています。「こちらは寂しいです」これほど美しくて穏やかな孤独を、私は聞いたことがありませんでした。「こちらは寂しいです」
私はこの映画が歌のようであってほしいと思っています。たとえばボブ・ディランの「ラモーナに」のように、残酷でやさしい、新しくて古い、悲しくて幸せな、ささやくような声でありながら憤りに満ちた、不協和音だけど生き生きとした歌。聴いた後もずっと頭から離れないメロディー。
自分でも成功しているかどうかはわかりません。とにかくやってみました。ただ、今も痛みを感じています。映画の中の小さなイリアスのほうが私よりもうまくやったようです。
■ 映画を楽しむためのキーワード
●ジュール・ヴェルヌ『月世界旅行』
本作でイリアスがいつも大事に持っている赤い本は、『月世界旅行』。『十五少年漂流記』『八十日間世界一周』などで知られるSF・冒険小説の大家、ジュール・ヴェルヌが1865年に発表した小説(1869年に後編を発表)です。舞台は南北戦争後のアメリカ。大砲の製造者たちによって結成された「大砲クラブ」のメンバーは戦いが終わり、無為な日々を送っていましたが、ある時、月に砲弾を撃ち込むことを思いついて大盛り上がり。国民の熱い支持のもと、あらゆる知識を総動員した計画は実行され、クラブの会長ら3人が乗った砲弾は宇宙へ飛び立ちます。
映画の中で朗読される〈絶望的な状況のなかで、マストンは希望を捨てなかった。彼らに心から献身する忠実な友なのだ。(中略)この不屈の男は絶対にあきらめなかった。彼らは必ず地球に戻ってくる。そう確信していた〉という部分は終盤に登場。クラブの秘書で、月旅行を計画した4人組の1人であるJ.T.マストンは、地球に残って観測にあたり、3人が無事に帰還できることを祈り続けます。
この文明批評を織り込んだ科学冒険小説は、読者の少年少女に夢を見せるだけでなく、20世紀の宇宙開発にも影響を与えました。また映画界では、1902年にフランスのジョルジュ・メリエスが同名の14分のサイレントフィルムを製作。世界初のSF映画として映画史的にも重要な作品となっています。

●アポロ11号の月面着陸

1969年7月16日に米国フロリダのケネディ宇宙センターから打ち上げられたアポロ11号が、月面の「静かの海」に着陸したのは20日(日本時間21日)のこと。人類初の月面歩行の瞬間を捉えたモノクロの映像は宇宙中継され、世界中に大きな興奮をもたらしました。劇中にも登場するニール・アームストロング船長の有名な言葉「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ(That’s one small step for a man, one giant step for mankind)」を、6億人以上が同時に聞いたといわれています。

●1969年

本作のオープニングの月面着陸の映像に重なる歌は、ザ・ホリー・モーダル・ラウンダーズの“If You Want To Be A Bird”(鳥になりたい)。69年のデニス・ホッパー監督作品『イージー・ライダー』のサウンドトラックにも収録されている曲です(ちなみにエンディングの歌は、スタンリー・キューブリックの64年作品『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』の終わりでも流れる“We’ll Meet Again”(また会いましょう)のギリシャ・バージョン)。
1969年といえば、ウッドストック・フェスティバルが開催され、『イージー・ライダー』はもちろん、『真夜中のカーボーイ』『明日に向かって撃て!』といったアメリカンニューシネマが立て続けに米国内外でヒットした年。ベトナム戦争が泥沼化する中、反体制を訴えたカルチャーが支持されていました。
日本でも、新宿西口広場の反戦フォーク集会や、全共闘連合の結成大会が開かれ、「政治の季節」が最高潮に達した時期です。またこの頃、テレビの普及が2000万台を越え、カラーテレビも浸透していきます。月面着陸や東大安田講堂の封鎖解除といった大ニュースを人々が同時に体験し、「8時だヨ!全員集合」「水戸黄門」「サザエさん」といった長寿番組がスタート。
では、当時のギリシャはどのような状況だったのか。映画の中ではあまり触れられていませんが、決して平和な時代ではありませんでした。2年前の67年、将校たちのクーデターによって軍事政権が樹立。その圧政は74年、キプロス紛争をきっかけに政権が崩壊するまで続きます。戒厳令、大量逮捕、左翼の弾圧などの様子は、コスタ・ガヴラス監督の政治サスペンス『Z』(69)や、テオ・アンゲロプロス監督によるギリシャ現代史3部作の最終章『狩人』(77)でも垣間見ることができます。音楽など60年代の風俗を知りたい人には、少し時代が遡って舞台もアテネではありませんが、ジュールス・ダッシン監督の『日曜はダメよ』(60)やマイケル・カコヤニス監督の『その男ゾルバ』(64)がおすすめです。
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