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ずっと昔から、深く悩める若者の映画を撮りたいと思っていました。このアイデアを形にできる物語をいろいろ探していました。チャールズ・ディケンズの『デヴィッド・コパーフィールド』の筋に沿って、ぼんやりアイデアを巡らせてみたりもしました。アンドレイ・ロマーノフと仕事をするようになって、彼が孤児院に関する実話をいくつも集めていることを知りました。アンドレイは普通の人から話を引き出すのがものすごく上手です。全く初対面の人でも彼には心を開き、自分の人生を洗いざらいさらけ出してしまいます。なかには真実ではない話もありますが。そんなアンドレイから「コムソモーリスカヤ・プラウダ」新聞【訳注:高校生〜大学生の世代を読者層にした全国紙】に載っていたある孤児院の少年の記事について聞きました。その少年は記録に載っている母親の住所を読みたいがためだけに、独学で文字を学び、孤児院から逃げ出して、やっとの思いで母親を見つけ出しました。この話を聞いてすぐに、格好の主人公像が思い浮かびました。本来なら抽象的な社会状況をはっきり浮き彫りにできるイメージがそこにあったのです。映画の主人公の行動にはいくらかバカげている感じが必要だと思っていました。主人公の少年は理性ではなく心の叫びに突き動かされ、妥協の余地などなく、どうしてもそうするしかなくて行動するのですから。ほとんどの人間とは違い、ただ無難に生き残りたいわけではありません。この少年こそ、カミュやサルトルの作品に出てくるような、実存主義的な意味で本物のヒーローです。 |