「あえかなる部屋 内藤礼と、光たち」中村佑子監督「アートを撮るとはどういうことか」

2015年9月18日 21:45

中村佑子監督
中村佑子監督

[映画.com ニュース] 建築とアート、自然が一体となった瀬戸内海の豊島美術館「母型」を手がけた、内藤礼氏の作品世界についてのドキュメンタリー「あえかなる部屋 内藤礼と、光たち」が公開する。「はじまりの記憶 杉本博司」の中村佑子監督が、存在の神秘を問い続ける美術家への思いと、作品に導かれた5人の女性たちの繊細かつ強い存在を映し出す。「アートを撮るとはどういうことかを、この映画を通してあらためて知った」と中村監督は語る。

自然豊かな島の小高い丘の中腹にたたずむ「母型」は、洞窟のような白い円形の建造物で、天井の開口部から光が差し込み、床の無数の小さな穴から島の地下水が水滴となってその姿を変化させていく。中村監督は、書籍「世界によってみられた夢」や直島「きんざ」で内藤氏の作品世界に深く感銘を受けていたものの、「それはとても個人的な、作品との関係だった」と言う。しかし実母の介護に向き合った先に、「母型」と出合って初めて、このドキュメンタリーの製作を決意した。

「あの場所は、自分だけではなく、みんな同じように世界に投げ出されている、そのことを象徴するような空間だと感じました。見ず知らずの人々と共に、変化していく水を眺めていると、ただそこにいるだけで自分自身が肯定されるようで、深い息ができました。自然そのものだと圧倒的すぎるかもしれない、人間が作ったものだからこそ、ここまで感覚に触れるような、ある種の『優しさ』を得られるのではないか。『アート』というものの力をも、感じたのです。そう思った時に、この作品をつくった作家を撮りたいと突き動かされました」

「大きなシステムが日々高速で動き続けているような、この現代の世界の中で、あれだけの作品を生み出すのには、孤独な闘いをしているのではないでしょうか。内藤さんがどのように世界を見ているのかを知りたかったのです」

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これまで制作する姿を人に見せなかった内藤氏の了解を得て、2012年から撮影を開始し2年にわたって取材を続けたが、「撮られると、作ることが壊れてしまう」と内藤氏はカメラの前に立てなくなる。そして、映画には年代の異なる5人の女性が登場することになる。内藤氏の作品と5人の人生の断片を交差させ、フィクションともドキュメンタリーともつかない映像で表現した。

「カメラは自分がものを知るための道具。もっとも撮りたかったものが、撮れないという不在の穴がぽっかり開いて、苦しかったです。内藤さんは撮れないけれど、内藤さんと作品との出会いから受け取ったことを、肉体化するために女性たちのイメージが自然に生まれて行きました。一方で、豊島で女性たちが変化していくドキュメンタリーにするのは安易だと思った。私の分身であるかもしれないし、内藤さんの分身であるかもしれない彼女たち自身の存在が屹立していくような瞬間を、名もなき花の名前を呼ぶような感じで撮りたかったのです」

本作では、監督自身がナレーションも担当した。「テレビのドキュメンタリーにも、厳密に言うと客観中立などないですが、それでも私(わたくし)を出すことは恥ずべきことという価値観を持っていました。でもこの作品は、自分の日記に書いたことを再び現実化するものだった。世間に私を放つと、ブーメランのように帰ってきて、私が私でなくなるようなつらい瞬間がありますが、腹をくくってやったのは、『私』を語ることで、観客の皆さんの『私』というもの=普遍にたどり着けるかもしれないという可能性に賭けました。内藤さんと出会い、感受性のやり取りがあって、いろんなものを受け取って、そのバトンを女性たちにも託しましたし、観客に作品としても託したかったのです」

哲学系の出版社勤務後、塚本晋也監督の助監督を経てテレビマンユニオンに所属し、数々のドキュメンタリーを制作してきた。劇場公開作は「はじまりの記憶 杉本博司」(2012)に続き2作目。「アーティストは世の中のシステムや習慣から最も遠いところに身をおいて、問いを持ちながら、形を生み出す人たち。世界の入口と出口を探しているようなところのある私には、興味をひく対象だった」今後はアート以外の題材も手がける予定だという。「映像というのは面白い媒体で、ひとつの時間の流れ、その時間の旅路に見る人を誘うことだと思っています。文章とも写真だけとも違う流れの中で描くことによって、視る、見られる関係が浮き彫りにできる。映像が思考の過程であってもいいし、思考の道具であっても良い。これからも映像の可能性を信じています」と語った。

あえかなる部屋 内藤礼と、光たち」は9月19日渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

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