劇場公開日 2016年12月16日

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ドント・ブリーズ : 映画評論・批評

2016年12月14日更新

2016年12月16日よりTOHOシネマズ新宿ほかにてロードショー

絶叫シーンなき異例の極限スリルを追求し、驚くべき総合力の高さを誇る恐怖劇

「Don't Breathe」、すなわち“息もできない”極限状況を描いた全米ヒット作である。ひょっとすると「Don't Please」と勘違いした人もいるかもしれないが、それもまた内容をうまく表している。劇中の登場人物が“やめて、お願い”と言わんばかりに、幾度となく切迫した涙をこぼす恐怖映画だからだ。

舞台はデトロイトのゴーストタウン化した住宅街。孤独な盲目の老人が大金を隠し持っているとの情報を得た若い男女3人が、真夜中に泥棒計画を実行する。その犯罪が破綻していくプロットはいわゆるクライム・スリラーなのだが、幽霊も化け物も出てこない本作がそんじょそこらのホラーよりはるかに怖い理由は、老人の特異なキャラクターにある。目が見えない代わりに鋭い聴覚で侵入者の気配を察知し、身体能力も異常に高い。おまけに心が荒廃した老人の辞書には“良心”とか“慈悲”といった言葉は存在しない。ゆえに捕獲されたら一巻の終わりというギリギリの必死感が全編にみなぎる。

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この怪物的な老人のキャラを発明しただけでもお手柄なのだが、地下室がある2階建ての屋敷の空間設計に趣向を凝らしたセット、縦横無尽のカメラワーク、繊細にしてさりげなく奇怪な音響効果が抜群で、作品の総合力の高さに感心せずにいられない。監督のフェデ・アルバレスサム・ライミに才能を見出され、リメイク版「死霊のはらわた」でとてつもなく残虐かつリアルな人体破損描写に腕をふるった気鋭だが、今回はサスペンスに特化したテクニシャンぶりを発揮。ガラスの破片を踏む音すら心臓に悪い静寂の緊張感を生かし、怒濤のアクション映画に転じる終盤に至っても大味にならない緩急自在の演出に驚かされる。

また、老人のキャラが強烈すぎて見逃しがちだが、屋敷内を逃げまどう若者たちの描写にも手抜かりがない。この手の密室スリラーとしては珍しく“携帯がつながる”というのに、若者たちは老人に殺されかけても警察に通報しようとしない。なぜなら彼らには、命がけの覚悟で大金を手に入れたい理由があるからだ。とりわけジェーン・レヴィ扮する紅一点のヒロインは、何が何でも地獄の屋敷から脱出するためにありったけの機転を利かせ、捨て身の知恵を絞り出す。

そして“息もできない”映画なのだから当然と言えば当然だが、本作にはこのジャンルに付きものの絶叫シーンがほとんどない。その異例の事実ひとつとっても、作り手の野心と自信の程がうかがえる快作である。

高橋諭治

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