劇場公開日 2016年9月3日

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アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード) : 映画評論・批評

2016年8月30日更新

2016年9月3日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー

異邦人の眼で、事物、風景を審美的にとらえるのがルルーシュ流のモラル

クロード・ルルーシュは永遠の映画青年のように若々しい。インドを舞台にした本作は、モノクロのアート系作品「ジュリエットとロメオ」の音楽を依頼された作曲家アントワーヌとフランス大使の妻アンナの恋の行方を追う。深刻な不倫のドラマではなく軽やかな遊戯のように二人の親密な距離が限りなく近づいてゆく〈時間〉を、ルルーシュは愛おしむように掬い取っている。

ルルーシュらしい遊び心は、「ジュリエットとロメオ」のモデルとなった実話を実際のカップルに演じさせる映画中映画が挿入され、しばし虚実が反転する語り口において発揮される。さらに、出会った晩にアンナが、アントワーヌの部屋を急襲するという虫のいい願望を映像化する、夢オチのようなミスリード的な手法が随所に見られ、観る者を心地よい困惑に陥れるのだ。

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子供を授かりたいと願うアンナは、抱きしめることで癒しと希望を与える聖母アンマに会いにインド南部の村へ二日間の旅に出る。映画は、アントワーヌが同行を決意した瞬間から、一気に動き出す。女性収集家を豪語するアントワーヌの出生の秘密が明かされ、ここでルルーシュの隠れた傑作「マイ・ラブ」(74)に通底する〈輪廻転生〉のテーマが浮上してくる。エットーレ・スコラの「あんなに愛しあったのに」(74)の現場で女優だった母が無名の役者と一夜の愛を交わしたという逸話にはルルーシュの映画愛が仄見える。

驚くのは、ガンジス川の沐浴の場面が、ドーヴィルの浜辺海岸で恋人たちが戯れる「男と女」(66)の光景とまったく変わらないことだ。つねに異邦人の眼で、事物、風景をチーズケーキの断片のように、審美的にとらえるのがルルーシュ流のモラルなのだ。

数年後、空港で偶然に再会したふたりが高速道路を車で並走するシーンに、フランシス・レイの「あの愛をふたたび」(70)の抒情的なテーマ曲が流れ出す。楽屋落ちスレスレの、しかし心憎いばかりのエピローグである。

高崎俊夫

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