ダンケルク : 映画評論・批評

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ダンケルク

劇場公開日 2017年9月9日
2017年9月5日更新 2017年9月9日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー

死と隣り合った灰色の空間で マイナーポエットの眼が働く 

「戦史」というからには、結果はわかっている。ダンケルク撤退戦もそのひとつだ。第二次大戦の初期、フランス北端の浜辺に追いつめられた連合軍兵士の大脱出劇。歴史に詳しくない人でも、結果は知っているはずだ。

では、クリストファー・ノーランはこの撤退劇をどう撮ったのか。結果からの逆算は、だれしも思いつく。ただ、よくよく考えなければならない。そのなかで、なにを見せるか。あるいは、なにを省くか。

戦史を知らないと、疑問はいくつも生じる。ドイツ軍機甲師団は、現在どこにいるのか。ドイツ軍の空爆はなぜ散発的なのか。連合軍の艦船はなぜ救援に来ないのか。ダンケルクの港はなぜ使えなかったのか。

いま振り返れば答はすべて明らかなのだが、当時、浜辺に逃げ込んだ40万の兵士たちは盲目同然だったはずだ。自分たちは、なにをしているのか。どうすれば苦境を逃れられるのか。五里霧中で、単独行は不可能だ。

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ノーランは、観客も同じ立場に投げ込んだ。説明は抜きだ。ドイツ軍の電撃戦やチャーチルの決断は、この映画には出てこない。兵士も観客も、先は読めない。背後から潰滅的な危機が迫ってくるのはたしかなのに、戦況は断片的に知らされるだけだ。そんなとき、人間と空間はどう変容するか。泣いたり喚いたりしても無駄だ。暴発も感傷も苦悩も作り物になる。不要だ。索漠とした空と海に挟まれ、恐怖と絶望に押しつぶされそうになった若い兵士たちは、どんな行動に出るのか。そして、彼らが体感した空間とはどんなものなのか。

ただノーランは、かすかな希望を描くことも忘れなかった。これは「ダンケルク」の急所だ。数少ない戦闘機と、小さな民間船。彼らも空間を変える。戦闘機は雲の厚い上空から兵士たちを守り、小舟は潮の流れが読みづらい海を渡って兵士たちの救助に向かう。静かだが、信頼できる勇気だ。そんな勇気を、ノーランは「スケールの大きな物語作家」の眼から離れて描き出す。死と隣り合った灰色の空間で、マイナーポエットの眼がこまやかに働いている。

芝山幹郎

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