劇場公開日 2016年4月29日

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スキャナー 記憶のカケラをよむ男 : インタビュー

2016年4月28日更新
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野村萬斎、「型」と「内実」の一致を追求し続ける理由

大胆で見事なまでの変身ぶりだ。狂言師の野村萬斎が、「スキャナー 記憶のカケラをよむ男」で映画として初の現代劇に挑んだ。残留思念を読み取る能力を持つがゆえに、己の殻に閉じこもった元漫才師という異色の役どころ。自らを「サイボーグ009」と言ってのける伝統芸能の継承者は、意欲的に“引き出し”を増やしながら「型」と「内実」の一致を追求し続けている。(取材・文/鈴木元、写真/江藤海彦)

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「3歳からやっているわけですから、自分の意思に関わらず狂言という特殊な技能がプログラミングされたチップを埋め込まれているようなものです。サイボーグ009ですよね。ほとんど、島村ジョーの気持ちです」

萬斎はそう言って不敵な笑みを浮かべる。若い頃は「こんなことやっていても、女の子にもてない」とバンドを組み、バスケットボールに興じることもあったが、1985年に黒澤明監督の「乱」に出演したことがきっかけで意識が変わる。映画では「陰陽師」、「のぼうの城」と時代劇で抜群の個性を放ってきた。

「自分が外に出て戦う時に何が武器になるかといったら、やはり誰にもマネのできない能力を自分は持っている。それが時代劇のいろいろな場面や(フィギュアスケートの)羽生(結弦)選手も振り付けに取り入れてくれるというように派生していく。それは自分が生きてきた証になりますよね」

2011年には、三谷幸喜氏作・演出の舞台「ベッジ・パードン」で夏目漱石役に挑戦。思わぬ苦労を強いられることになるが、そのすべてを芸の肥やしとして蓄積し自身の進化につなげてきた。

「常にリアクションをしなければいけないというのが、ね。狂言は、しゃべっている人にスポットを当てたい時に周りが動いていると皆そっちを見ちゃうから、リアクションをしちゃいけないというのが古典の発想なんです。三谷さんの舞台は同時進行的に皆がガヤガヤやっているじゃないですか。自分のセリフ、次の行動までためるのが僕らの生理なのに、常に動いていなきゃいけないのがとてもつらかったですね(苦笑)。でも、だんだん現代劇をやる勉強もして、自分なりの方法論が少しずつできてここに来たという感じはありますね」

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「ここ」に当たるのが「スキャナー 記憶のカケラをよむ男」だ。人気脚本家・古沢良太氏によるオリジナルで、主人公の仙石和彦は萬斎を当て書きしたという。それにしても、異能者、極度の人間嫌いの引きこもり、元芸人とはひねりが効きすぎている。平成を生きる男を初めて演じる本人も、さぞ面食らったのではないか。

「こうきたかあ、というかねえ(笑)。『陰陽師』や『のぼうの城』は、様式美のような自分が培ってきたものが役に立つ。今回は役に立てる場所があまりない。そういう意味では、わざと封じて演じる、チャレンジのつもりでやらせていただきました。でも、お笑い芸人にしたのは、古沢さんのひとつの妙だったと思います。最初はネガティブな感じをちょっと明るくするための仕掛けとして軽みをつけ、真相に入っていくにしたがって変人から真っ当な人間に変わっていく。心が曇っている人間に一条の光が差して最後に晴れる。自分の殻を破って、巣穴から出ていくようなイメージで役づくりをしようと。古沢さんの意図も、そこにあったんじゃないかと思っています」

お笑いコンビ「マイティーズ」時代の仙石は、ひと昔前の探偵風衣装にカツラというビジュアル面から笑いを誘う。そして、元相方は「雨上がり決死隊」の宮迫博之。残留思念を読み取る能力を使ったネタで、“本職”との独特のリズム感で繰り出されるギャグは痛快だ。

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「衣装はお仕着せ感を出そうということで、気持ち悪かったですけれど、変なコスプレは嫌いじゃないので、楽しんでやりました。宮迫さんとはお互いに対話劇での呼吸、テンポ、キャッチボールと共通性が多いと思ったので、漫才も非常に楽しめました。残念なことに編集でカットされた部分もあるので、それは特典映像にしてくれと目下嘆願中」

失そうしたピアノ教師の沢村雪絵(木村文乃)を残留思念から捜してほしいと生徒の秋山亜美(杉咲花)に依頼され、マイティーズを再結成したところから物語は一転、サスペンス、ミステリー色を強めていく。仙石は渋々ながらも外に出ることで人間としての成長を見せる。特に「才能は自分のためじゃなく人のためにあるのよ」と思念で浮かび上がった雪絵に言われるシーンには自身を重ね合わせたという。

「狂言師として生きることが自分の存在証明になっていると常々感じているし、そのためには人のために狂言をやらなければいけない。それは古沢さんのメッセージだったのかもしれないし、特殊技能を持っている人間が特別な限られた人たちにするのではなく、もっと広義に考えなくてはいけないという、心に響くとても効いた言葉でした。それを木村さんに言ってもらえてとてもうれしかったんです」

多忙な中で積極的に映画やドラマ、舞台などに出演し研さんを積むことで、常に新たな野村萬斎像を生み出し続ける。当然、獲得した糧が狂言にフィードバックされることもあるだろうが、女優との共演もひそかな楽しみとして渇望している。

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「以前は狂言師の野村萬斎とそれ以外の分野に出る野村萬斎は違ったけれど、今はあまり垣根がないというか、演じることに差をつけずひとつひとつの壁がなくなってきている感じはします。それが全部なくなると、父のように解脱できるのかなという気はしています。でも、大概は男とばかり芝居をするパターンなので、いつも女優さんと共演したいという飢餓感には満ちているという、ね」

父で人間国宝の野村万作は、84歳にして型を感じさせない境地に達しているという。萬斎も今月5日に50歳となったが、狂言界では「40、50代は、洟垂(はなた)れ小僧」だそうだ。

「40、50歳でやっと惑わなくなり、還暦を過ぎて自分の芸ができるというくらい。自分が演じようという意識を超えて、にじみ出るような何かみたいなことが究極だとされているんです。ですから型から入りつつ、いつかは型を感じさせないで中身の人間が飛び出してくるような演じ方になるといいなと、いつも思っています。僕らは内実を充実させていく方法論で、普通の役者さんは内実がまずあって名優になると表現するパターンの方法論が確立されていく。入り口の違いであって、最終的には隔たりがなくなってくるような気もしています」

現在は映画「花戦さ」で、華道池坊家の初代・池坊専好に挑戦中。歌舞伎界のプリンス・市川猿之助との初共演も楽しみで、また違った顔を見せてくれることだろう。究極を目指し、島村ジョーの加速装置は常にスロットル全開だ。

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