劇場公開日 2015年9月12日

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黒衣の刺客 : 映画評論・批評

2015年9月8日更新

2015年9月12日より新宿ピカデリーほかにてロードショー

ひたひたと目に、胸にホウ映画が流れ込む快感に酔おう

フランスで撮った「レッド・バルーン」以来、8年ぶりの新作でホウ・シャオシェンは子供の頃から親しんだという武侠ジャンルへの挑戦を、どこまでも彼の世界で完遂してみせる。

正直いっていきなりモノクロの画面にロバが映った時には武侠映画???と、あっけにとられた。が、そこに吹く風、さやさやとしたその感触を活劇以上の活劇として断固、全編に漲らせる監督の剛毅に見惚れるうちに、静寂がナチュラル・ハイのように心身に染みわたるホウ映画の桃源郷にしっくりと巻き込まれ、悠久の時の流れの中に身を浸し映画と共にいつまでも、どこまでも漂い続けていたいと熱望せずにはいられなくなった。

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確かにここでは屋根から屋根へ脚をばたつかせつつ宙を駆けるような、おなじみのワイヤー・アクションは最低限に抑えられている。波瀾万丈の物語も豊饒な台詞も見当たらない。説明過剰の親切すぎるプロットに慣れた目には唐の時代、辺境を守る豪族をめぐる人間関係がもうひとつ曖昧模糊と見えるもしれない。それでも、暴君暗殺の密命を受けたかつての許嫁、今は黒衣に身を包む殺しのプロに仕立て上げられたヒロインの逡巡に渦巻く情の濃やかさは見逃し難く迫ってくる。

幾重にも張りめぐらされた薄絹の向こう、ろうそくの炎のゆらめきと影と融けて佇む刺客は密やかな官能の物語を差し出さずにはいない。あるいは急峻な山肌を這いあがる霞、白樺の林、手つかずのままの自然を切り取る大きな引きの画に満ちて震える時間。今へと続く歴史の感覚――。ひたひたと目に、胸にホウ映画が流れ込む快感に酔おう。

川口敦子

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