劇場公開日 2015年4月17日

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海にかかる霧 : 映画評論・批評

2015年4月7日更新

2015年4月17日よりTOHOシネマズ新宿ほかにてロードショー

紋切型なキャラクター達が普遍の狂気を体現する神話的な物語

ポン・ジュノ監督作「殺人の追憶」で脚本を手がけたシム・ソンボの監督デビュー作。今回はポンが製作と共同脚本で参加している。連続猟奇殺人を追ったポン+シムの前作同様、本作も実在の事件に基づく戯曲の映画化だ。が、雨の夜、赤い服、殺人予告のリクエスト曲――と、「殺人の追憶」での犯人をめぐる手がかりのちりばめ方ひとつをとってもあざとさすれすれのけれんみが香る監督ポン、そのねじれたエンタテイナーぶりに対し、新鋭ソンの語り口はより直截、抑制が効いている。実直に語られる映画はしかし、じわじわと海に広がる霧の魔力にも似て、気づいた時には引き返せない所へと観客をひきずりこんでみせる。そこに浮上する“普通の人”の、普通さゆえの罪の怖さ。ほとばしる狂気。それはもしかしたら戦場で命令されるまま理不尽な暴力に手を染めざるを得なくなる人を呑み込む地獄の感触とこそ通じているのかもしれない。

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不況に苦しむ韓国の漁村。金に困った船長は愛する船を守るため中国からの不法移民の輸送を引きうける。海上の密室と化す船上/戦場でやがて繰り広げられる惨劇(蛮行も元はといえば貧しさゆえの事故が招き寄せたものだ)。正気を失い怪物と化す船長の下、良心の呵責に狂うひとり、イエスマン、金の亡者、色欲の鬼、そうして無垢を体現するもうひとり。映画は船長と5人の乗組員の誰もをいっそ紋切型として提示し、それゆえに普遍を射抜く神話的な時空へと物語をすべり込ませる。リアルさよりは類型として差し出される人の姿に観客はきっと自分を見出していく。

イノセントな青年は移民の娘への恋ゆえに船長の暴挙に加担する。霧が晴れ、夜が明けて巻き込まれた惨劇から生き延びていくかにみえる清新なロマンス。その甘苦い後日談の余韻を前にすれば、なるほどあの「殺人の追憶」の書き手が撮った映画だなあとざわざわとした感慨を噛みしめてみたくなる。

川口敦子

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