劇場公開日 2015年6月6日

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トイレのピエタ : インタビュー

2015年6月2日更新
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野田洋次郎&杉咲花、等身大で生きた「トイレのピエタ」を語る

人気ロックバンド「RADWIMPS」、ソロ活動「illion」など独特の死生・恋愛観で音楽ファンを魅了してきた野田洋次郎。音楽というフィールドにこだわってきた野田が、手塚治虫の病床日記から生まれた映画「トイレのピエタ」に主演し、俳優デビューを果たした。そんな野田に刺激を与え、支えたのは17歳の若手女優・杉咲花だ。自然体のふたりが見せる瑞々しい演技が連鎖反応を起こし、生と死の狭間できらめく光となってスクリーンに焼き付けられていく。(取材・文/編集部、写真/山川哲矢)

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画家の夢を諦め、漫然と日々をやり過ごす宏。ビル清掃のアルバイトをしていたある日、突然倒れ末期がんのため余命わずかなことを知る。自暴自棄になる一方で、宏は病院で出会った女子高生・真衣にひかれていく。

野田を映画に突き動かしたものは、ひとえに脚本の面白さだった。「これを書いた(松永大司)監督がなぜ僕に声をかけてくれたのか、監督がどんな人か知りたかったし、お会いしていろいろな話をしていくうちに、僕を必要としてくれているのかなと感じました。なにより宏や真衣にひかれたし、すべてが人ごとではなかった。この作品に触れたいという気持ちが大きかったんです」

ドキュメンタリー映画「ピュ~ぴる」で手腕を振るった新鋭・松永監督が、死を目前にした青年の感情を生々しくすくいとっていく。野田は「役者ではないので、何を求められているかを考えて表現しようという大それたことは考えずに、ただ素直に役に向かおうとだけ思っていました。監督は嘘が嫌いな人だったので、演技のレッスンもやらなくていいと求められなかった。だから、この脚本を書いた監督が求める自分でいようということ、自分に嘘なくいようということだけを心がけていました」と宏と同化していった。さらに、オファーを受けてからクランクインまでの約1年間、「僕の中にも宏がいたので、思うことを伝えた」と松永監督の脚本作りにもコミットしていったという。

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キャラクターと重なる点が多かったというが、これまで音楽を通じて体現してきた世界とは異なる発見はあったのだろうか。「明確に言葉にできる何かではないのかもしれない。ただ(役を引き受けた)自分が間違っていなかったという手ごたえも生まれたし、宏になってみてその悔しさが痛いほどわかって。僕は宏から見たらうらやましい場所で表現をしているので、なおさら自分のやるべきこと、やりたいことだけをやろうという気持ちにさせられました」

野田が宏になっていく一方で、杉咲も真衣というキャラクターに引き寄せられていった。くるくると目まぐるしく変化する表情と台風のような奔放さで、宏にぶつかる真衣。オーディションは厳しいものだったが、それでもつかみ取りたい魅力が真衣というキャラクター、「トイレのピエタ」には秘められていた。「何度目かのオーディションで初めて脚本を読んだら面白くて、それから宏に恋をして、真衣に興味を持ちました。オーディションでは監督に怒鳴られて泣かされたんですが、そこにこもった魂みたいなのがもわもわしていたんです。だから、監督はすごく怖かったけど好きで、監督が撮る映画に出たいと思いました」と振り返る。

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役作りは「あまり考えていなかった」というが、「洋次郎さんはずっと宏だったから、現場に行けば目の前に宏がいて、どんどん宏を好きになっていきました。撮影しながら真衣になっていったので、宏と離れた瞬間に会いたくなったし、家に帰ってもイライラして母と毎日ケンカして、終わってから1カ月くらいずっと引きずっていて。自分で考えて役作りをするのではなくて、そこに生きていたから何も考えていなかったです」。だからこそ、杉咲の華奢な体から放たれる生命力に満ちたエネルギーが切り取られている。自らと同じ女子高生役だが、「『自分と真衣ってどうなんだろう』という比べ方をしていないんです。でも真衣とは違うけれど、延長線上にはあるのかもしれないと思っていて。だから自分が真衣の環境にいれば、同じことになっているのかも」と等身大のリアリティが刻まれた。

野田と杉咲。年齢やキャリアも異なるが、ふたりがかもし出す空気はリラックスして穏やかだ。「女子高生と話す機会がないので、オーディションで会った時は宇宙人みたいな少女に感じました(笑)。でもエチュードしたときはすごくて、役者ってこういう職業だということを教えてもらったし、撮影中はただただ真衣でした。真衣がいるから僕は何も考えずに現場に臨めたし、宏と真衣の関係のまま引っ張ってもらって、ふたりの関係が愛しくてたまらなかったです」(野田)。そう振り返る野田に対し、杉咲は「初めて会った時、洋次郎さんが笑っていることに驚きました(笑)。笑わない人なのかもしれない、どんな人間なんだろうって……」とこぼしながらも、「プールのシーンを撮った日から、自分は撮影していない時も宏と真衣の関係でいられると感じて。信頼しきったのはその時でした」と笑顔をのぞかせた。

絵と音楽という異なるフィールドではあるが、野田は「(宏と)同じ境遇にいたら同じ思考をたどっただろうなと感じました」。現代、「どれだけの人に好かれるのか」という風潮があるとし、「好かれるのってすごく簡単だと思うんです。でも本当に大事なものを守るには、誰かに嫌われたり、誰かを傷つけてしまうこともある。宏は迷いなくやっていて、僕もそうありたいと思っています。ひとつのものを守るために何かから嫌われるのはしょうがなくて、そういう風に(音楽を)作っているつもりだし、そうやって自分の大事なものをいつでも確かめていたい」と真摯に語る。

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「撮影終盤には宏が僕の中でパンパンにふくれあがっていて、家に帰っても『死にたくねえな』って思うし、真衣のことばっかり考えていた。だから宏が絵を描いたように、自分は曲にしてみようと思ったんです。打ち上げでも披露する機会があったので、作品への感謝、真衣への思い、携わったみんなへのありがとうをふくめて作ってみようと。その時、僕と宏の境界線がまったくない状態でした。僕にとってのピエタ像で、あの体験のすべてを曲にしようと思いました」

そうして野田が思いを込めた主題歌「ピクニック」は、さまざまな“あお”がちりばめられている。劇中でも宏や真衣の衣装、ふたりを包む空やプールなど青が印象的だ。「すごく感覚的だけど、青っていろいろな感じがあって、真衣の青とプールの青と空の青、どれも違ってどれも青だなって思う。あの夏は、一本通った青がどこまでも根底に流れていました」(野田)。杉咲の大きな瞳にもカラコンと見間違えるほど青が映りこんでいそうで、野田は「写真を撮った時に目がすごく青かったんですよ。それで、僕の中で真衣という存在がどんどん青くなっていって、それもひっくるめて青かったんです」と力を込めた。

強い思いで臨んだ「トイレのピエタ」が完成した今、ふたりは何を思うのか。

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「やってよかったと思いましたよ。直感は間違っていなかったと思います。ミュージシャンがやるというリスクは重々わかっていたし、紙一重で本物の役者さんをどこかで冒とくする行為になると思っていたけれど、やっぱりこの作品に触れたかったんです。作る前から『本当に奇跡が起きるんじゃないか』と思っていたら、尊敬する人たちが出てくれることになって。撮影1週間前は、監督が毎日うちに来て、脚本の直しをふたりでやりながら何回もケンカして、一緒に作っているという感覚を持っていました。最初で最後かなとは思いますが、こういう関わり方ができたことはすごくうれしいです」(野田)

「現場が『いつもとちょっと違うな』という感じがありました。みんながすごい力を持っているというか、エネルギーなのかな。何かが違ったんですが、それがすごくて。完成した作品を見て、宏も洋次郎さんじゃなきゃありえなかったと思ったし、真衣ができて本当に良かったと思います」(杉咲)

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