劇場公開日 2016年5月14日

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すれ違いのダイアリーズ : 映画評論・批評

2016年5月10日更新

2016年5月14日よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテほかにてロードショー

心に染み入る風景が、エピソードが、人情が、物語が、このタイ映画にはある

ぎゅっと抱きしめたくなるような、そんな映画だ。見終わった後、すぐにもう一度見たくてたまらなくなってしまった。あまりにもよく練られた脚本の細部を再度確認したいという気持ちもあったが、それよりこの懐かしいような、慕わしいような気持ちをもっともっと味わっていたかったからだ。

Wi-Fiや電波で四六時中誰かと繋がっていられて、ボール遊びより液晶ゲームが子どもたちを夢中にさせる、30年前からしたらSFのような現代。文明が猛スピードで進み、物質的豊かさが心の豊かさを奪い去ったかのようなこの時代だからこそ、本当に心に染み入る風景が、エピソードが、人情が、物語が、このタイ映画にはあると思う。

主人公は都会の小学校からチェンマイの水上分校に赴任した2人の教師。信念の女性エーンと、ガキっぽい体育会系青年ソーンだ。しかし2人はまだ出会わない。スマホも繋がらない、電気もない、水道もない、文明化から隔離されたこのド田舎で、ソーンは残されていた日記を通して1年前のエーンに会う。エーンは1年前に着任し、ソーンと入れ違いで去って行った前任者だった。初めての体験に戸惑うソーンの状況に呼応するように、日記に書かれたエーンの物語がシンクロする。ソーンはエーンの日記から学び、感じ、支えられて成長し、まだ見ぬエーンへの想いを募らせていくのだ。ああ、この美しいアナログ感!

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孤軍奮闘するソーンのかわいい表情やキャラクター、子どもたちの発揮するリアルな子どもらしさ、ノスタルジックな夕暮れの風景は微笑みを(ときには爆笑も)呼ぶ。主人公の恋に「ある日どこかで」や「イルマーレ」のような、時空を超えたファンタジーのような味わいがあるのも楽しい。そこにのどかなだけではない現実、教育問題や恋愛事情までが複雑に絡み合い、もどかしくすれ違う。そして最後には見事なタペストリーが出来上がったかのような爽快感に、思わず涙。星形のタトゥーや柱のキズなど、エピソードの使い方が絶妙で、思わず膝を打ちたくなる。

かつてこんな風に、なんともいえず懐かしく慕わしい感情を味わわせてくれた映画に「フェーンチャン ぼくの恋人」があった。この映画を共同監督した6人のうち1人が、本作の監督だと知れば納得。監督が取材を重ね、脚本家チームと実話から丁寧に紡いでいったという物語の豊かさに、ぜひとも触れてほしい。

若林ゆり

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