シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語 : インタビュー

2015年10月21日更新
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多才なトルコの新鋭監督カアン・ミュジデジ、違法闘犬題材に人間見つめた「シーヴァス」を語る

違法行為である“闘犬”を題材にした「シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語」が、第71回ベネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。射るように鋭い眼差しを見せる少年と、戦いを運命付けられた犬。ひとりと1頭を通じ人間のありようを見つめたのは、本作が長編映画デビューとなったトルコの新鋭、カアン・ミュジデジ監督だ。(取材・文・写真/編集部)

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本作は、非合法の闘犬をめぐる人々のドラマだ。「私の周りの世界は男性社会で、男たちが原因となっている問題があります。物理的な強さが支配する世界では、残念ながら愚かなことが広まっているんです。強さ、力が人をバカにしてしまっているんです。この問題を理解し、どう解決したらいいのかという気持ちから、この映画は生まれました。強者と弱者がいるなかで、どうしたら弱者が勝てるか、この状況を変えられるかということをずっと考えていました」

同級生になじめず、思いを寄せる少女アイシェにも相手にされない少年アスランは、子どもの日に上演する劇でアイシェの相手役を村長の息子オスマンに奪われてしまう。フラストレーションを抱えるなか、戦いに敗れた闘犬シーヴァスと出会い新たな飼い主となったアスランは、シーヴァスに自分を重ね合わせていく。やがて傷が癒えたシーヴァスは、圧倒的な強さを身につけ、闘犬に興じる大人たちの関心の的となっていく。

劇中には、周囲からのけ者扱いされる主人公アスラン、深手を負い見捨てられたシーヴァスといった弱い者、オスマン、シーヴァスを闘犬に駆り出そうとする大人たちが強い者として登場する。「人間は多くの経験をして、人生の中でいろいろな立場に立ちます。この映画に出てくるすべてのキャラクターが私なのです」と自らを投影した。

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アイシェへのもどかしい恋心、オスマンに敵わないいら立ちなど、アスラン役のドアン・イズジは微妙な思春期を体現し、存在感を放つ。当初、約30人の候補者がいたなかで、アスラン役は別の少年、ハサン・オズデミル(友人ハサン役)に決定していた。しかし、撮影3日前に他の子どもたちと遊んでいたイズジが、ミュジデジ監督の心をとらえた。「ドアンがハサンを追いかけていたんですが、なかなか捕まえられなかったんですよ。演技はハサンの方がうまかったのですが、弱い部分のあるドアンがこの役にあっているなと思い、彼を選びました」

イズジら子どもたちは、ほとんどが演技未経験者だ。しかし、爆発する感情は瑞々しく、リアルに映し出されている。ミュジデジ監督は、撮影前に子どもたちと遊び、セリフだけでなく細かな身振りにいたるまで演出を行うことで、自然な演技を引き出した。「アスランとアイシェふたりのシーンでは、お互いに親しみを感じて気持ちを高められるように、その日はかなり一緒に遊びました。そのおかげで、ふたりのシーンが生まれてきたわけです」と明かす。

少年と犬の物語だが、人間の残酷さや弱さも赤裸々にとらえ、心を通わせていく美しさだけではない厳しい世界での生きざまを見せる。ミュジデジ監督の作品づくりの原動力は、「永遠のテーマですね、人間が。興味を持っている一方で、人というものは怖くもあります。いろいろなことを考えて、挑戦することが私の生きがいになっているんです」という。「人間は複雑で、実は何にもなれるのです。入れ物にあわせて形を変える水のように。しかし、何者にもならないこともあります。このようなパラドックスが、私を驚かせているんです。人生では、誰も予想できないことをしてしまうこともあるのです」

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故郷トルコを離れ、ドイツ・ベルリンで映画作りを学んだミュジデジ監督は、映画監督だけでなくバーやブランドを経営する実業家の顔も持つ多才な人物だ。「ひとつの場所にとどまって活動することはつまらない」と話し、「いろいろなことを試してみたいのです。つまらなかったら、また違うことをやってエネルギーを感じる。そのエネルギーを有効的にいかしているんです」と多方面での活動を映画作りに反映している。

そんなミュジデジ監督が取りかかっている新作「イグアナ・トーキョー」は、タイトル通り東京での物語が紡がれる。「『シーヴァス』は、家の外の世界で何が起きているかを描きました。『イグアナ・トーキョー』では、家の中では何が起きているのかということを描きたいと思っています。日本は島国なので中に入ることも外に出ることも難しく、家や建物も小さく区切ってあるので、中に入ることが難しい。精神的にも同じで、家族においてもひとりひとりの世界に入ること、そこから出ていくことが複雑です。だから東京を舞台に選んだのです」と構想を話した。

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