劇場公開日 2014年10月17日

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誰よりも狙われた男 : 映画評論・批評

2014年10月14日更新

2014年10月17日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー

永遠に記憶に残る、フィリップ・シーモア・ホフマン最後の咆哮

スパイ小説の大家ジョン・ル・カレ作品の映画化といえば、近年も「ナイロビの蜂」や「裏切りのサーカス」といった傑作が生み出されてきたが、本作「誰よりも狙われた男」はそのストーリーテリングの巧みさにおいて、それらを凌駕する見事な仕上がりとなっている。本作について語る上で、フィリップ・シーモア・ホフマンにとって最後の主演作だという事実は避けられないが、ここでは敢えて超大物フォトグラファーにして映画監督としてはまだ新人の部類に入るアントン・コービン監督の視点から語ってみたい。

1979年、母国オランダからロンドンに移り住んだ当時24歳のコービンは、ジョイ・ディヴィジョンの写真撮影でイアン・カーティスと出会った。その翌年、カーティスは自宅の台所で首を吊って遺体で発見される。それから30年近くの年月を経て、コービンはその苦い記憶と向き合うかのように、その監督第1作「コントロール」でカーティスの最期の日々を描いた。

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2011年、ニューヨークで「VOGUE」誌のファッションフォトの撮影でホフマンと初対面したコービンは、その翌年、本作「誰よりも狙われた男」の現場で、今度は映画監督と主演俳優という関係で再会を果たした。撮影中に充実した日々を過ごした2人は、その後も(晩年のホフマンにとって非常に稀なことに)親密な交流を続け、2人でまた映画を作る約束を交わしていた。「僕たちで、もう一度別の映画を撮ろう。今はもっと互いのことが分かるし、一緒なら揺るぎない良い戦いができそうだ」。ホフマンがコービンにそう語った2週間後、彼は自宅のトイレで薬物過剰摂取によって倒れ遺体で発見される。

本作で秘密テロ対策チームのリーダーを演じているホフマンは、その体格に見合う気品と風格を身につけ、同時代において唯一無比の存在感を持つ名優として新たな境地に達している。一方、コービンは監督2作目「ラスト・ターゲット」までのショット至上主義的な堅苦しさから脱し、終始抑制された演出による“引きの美学”によって映画監督として飛躍的な成長を遂げている。本来ならば、本作は新たな黄金コンビの誕生を告げる記念すべき作品となるはずだったのだ。

映画を作ることで過去の悔恨を乗り越えたコービンは、映画を作ることでまた新たな悔恨を抱えることとなった。しかし、とりあえず今はホフマンという稀代のアクター最後の主演作が、同じ表現者/芸術家として心を通じ合わせていたコービンによって手がけられたことを慰めとしたい。ラストシーンのホフマンの長い咆哮は、永遠に映画史の記憶として残り続けるだろう。

宇野維正

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