劇場公開日 2015年6月20日

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愛を積むひと : インタビュー

2015年6月16日更新

佐藤浩市&樋口可南子、2度目の共演となる“同期”が積み上げた夫婦像

ベテランが表出させる味わい深い時間の流れを堪能した。「愛を積むひと」の佐藤浩市樋口可南子だ。北海道の雄大な自然の中で第二の人生を歩み始めた夫婦の営み。妻の急逝でその夢は突然断たれるが、夫は家の周りに石塀を積み上げていくことで遺された思いを具現化させる。2度目の共演というのは意外だったが、互いに培ってきた経験則によってつむがれる切なくも温かい喪失と再生の物語は実に自然で、そこにはあこがれを持って見続けてしまう夫婦像があった。(取材・文・写真/鈴木元

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佐藤と樋口は1980年のデビュー。共に日本映画界の中枢を歩んできたが、初共演は2009年、テレビ東京の山田太一ドラマスペシャル「本当と嘘とテキーラ」だった。当然、巡り合わせもあるだろうが、“同期”の存在をどのように見ていたのだろう。

樋口「なんで共演してくれないんだろうって、思っていました(笑)。避けていましたよねって、1回目の時に言った覚えがあります」

佐藤「いや。怖がってはいたけれど、避けてはいない」

樋口「なんかねえ、怖いらしいんですよ。同年代の女優が」

佐藤「個人的なものは全然。我々のキャリアの、日本映画を生き抜いてきた女優さんたちの鍛えられ方って、申し訳ないけれど今とは違う。そういう厳しさ、きつさを見てきているからいやだなあ、鼻で笑われたらどうしよかなあ、浅い芝居と思われたら怖いなあというプレッシャーはありましたね」

樋口が横でけらけら笑っているように、もちろん冗談ではあるが、この時点で息の合ったところが十分に伝わって来る。そんな2人が演じたのは、東京で経営していた工場を畳み北海道に移り住んだ50代後半の夫婦。妻の良子は心臓を患いながらも常に明るく、少し面倒くさがりな夫の篤史(篤ちゃん)の尻を叩きながら穏やかな日々を過ごしている。樋口は実に7年ぶりの映画出演となる。

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「気が付いたらそんなにたっていました。今回は台本を最後まで読んだ時に、こんなにいいお話があるのかしらと思うくらいとてもいいお話だったので。難しいところもあるんですけれど、今の自分の年齢でいいお話をちゃんとやっておかなければならないというか、自分にとって大切なお仕事になるであろうし、他の人にはやらせたくないと思える作品だったから」

しかし、良子ははっきりとした病名を伏せたまま逝ってしまう。残された篤史は悲嘆に暮れるが、その哀切に満ちたたたずまいが良子に対する愛情の深さを感じさせ、胸を打つ。

「年を追うごとに経験が深まれば深まるほど、女性に対する依存度が出てくるのではないかというアプローチから、その依存度の高い男がパートナーを失った時にどれほどの痛みを伴うんだろうということを考えて入りましたね。30代や40代とは違う、50代だからこその夫婦の在り方というか居方ができればいいなと思いました」

互いに演じる上では綿密に打ち合わせることもなく、自然な形でふれ合えたという。築き上げてきた経験に基づくあうんの呼吸だ。

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佐藤「お互いにどういう日本映画を見てきたかというキャリアもあるし、なおかつ家庭、家族を持った中でやってきている。形は違っても素地は絶対にあるわけだから、その上でのキャッチボールは楽じゃないですか。夫婦って、いい意味で一方通行なんだけれどちゃんと同じ方向を向いている。それがうまく成立すればいいなって。妙にドラマティックにする必要もないし、それくらいですよ」

一方の樋口も、若い頃は勝新太郎さん、原田芳雄さん、緒形拳さんら日本映画史にかなり年上の俳優との共演が多く、同年代との仕事が増えたと感じるようになったのは最近だという。

樋口「やっぱり長年連れ添っている夫婦ですから、相手が喜ぶことや嫌なことはお互いによく知っていて、目を合わせなくてもどういう状態でも会話ができる。浩市さんと芝居をすると、なんか成立しているっていうふうに。同じようなキャリアだし同級生みたいな感じもするし、芝居に関してはなんのストレスもないとても安心して芝居のできる人だなと思いました」

そんな幸せな時期に篤史は、良子のたっての願いで家の周囲に石塀を築き始める。亡くなってからは手がつかなくなるが、良子が遺したエンディングノートならぬ“エンディングレター”によって生きる糧を見いだす。その手紙は、篤史の行動を予見するかのように何通も現れ道標となっていく。

佐藤「自分の知らないことを知らされるわけですからね。うれしさの半面、なぜ言ってもらえなかったというもどかしさ、単純な愛情だというだけでは受け止められない弱さ、いろんなものが去来すると思う。良子さんが本当にいろいろなことを教えてくれる。これから独りで生きていく覚悟を教えてもらっているわけですから」

その手紙をしたためるシーンは多くは描かれず、樋口のモノローグによって語られる。どのような気持ちで演じ、読み上げたのだろうか。

「何げない日常の中で夫が外で石塀を積んでいるのを感じながら、昼間にキッチンであの手紙を書いているわけですから。台本を読んでいる時はそんなに感じなかったけれど、実際にあの場で書いてみたら、こんな所で遺書を書けるってすごいな、女の人のすごみじゃないのかなって思った時にゾクゾクっとしましたね」

撮影は四季に分けて行われたため、樋口は佐藤らより先にクランクアップした。完成を待つ間はとても気がかりだったそうだが、結果的には杞憂に終わったようだ。

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「いいお話だけれどシンプルなので、どう面白く見ていただけるのかものすごく心配だったんです。でも、泣いてしまいました。浩市さんが石塀を造りながら空を見上げるところで本当に泣けてしまったし、自分の想像を超えた映画になっていたので、すごく満ち足りた気分になりました。映画って共同で作るものなので、自分だけ力が入ってもダメなんですけれど、本当に皆と一緒に手を握って気持ち良くゴールできた映画です」

佐藤はクランクアップ時の気持ちをいつものように「開放感」としたが、相当な手応えを感じているようだ。夫婦の物語のほかにも、離れて暮らす一人娘との関係や、石塀造りを手伝う青年とその恋人の少女らが重層的な人間ドラマを織り成す。

「本当に毒のない映画だからこそ、見る方が多面的な考え方を持つ、いろんな要素で見てもらえるんでしょうね。夫婦の成り立ち、夫婦のこれから、そして家族。自分自身も含めいろんな見方をされる映画になるんだろうと思います」

昨年は高倉健さん、菅原文太さんら日本映画界の巨星が鬼籍に入り、佐藤や樋口にかかる比重はますます大きくなる。だが、2人が積み上げた夫婦像は、長く映画史に刻まれるはずだ。

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