劇場公開日 2015年12月5日

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「極めて良作」海難1890 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5極めて良作

2016年12月5日
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鑑賞方法:映画館

1890 年に明治天皇に返礼に訪れたトルコの軍艦エルトゥールル号が,帰路和歌山沖で遭難し,地元の串本町の住民によって乗組員の約 1/10 が救出された事件と,その 95 年後のイラン・イラク戦争勃発時のテヘランで,300 人ほどの日本人が取り残されたのをトルコ航空機が救出してくれた事件を繋いで1本の映画にしたものである。映画の冒頭,トルコのエルドアン大統領の挨拶が入っている日本とトルコの合作映画で,トルコはこの映画に 20 億円も出資してくれているらしい。(T^T)ゞ

エルトゥールル号の話は,日本とトルコの絆の元となった話として,トルコでは日本のことに触れる度にこの話が持ち出され,国民の3割ほどが常識的に知るほどの話であるのに対し,我が国では最近こそ小中学校の一部の教科書に掲載されるなど,比較的認知度が上がって来たものの,私がこの話を知った 30 年以上前は,現在ソープランドという名称で呼ばれている風俗店を日本では「トルコ風呂」などと呼んでいた時期であり,その認知度の低さは目を覆うばかりであった。トルコは長年ロシアとの戦闘を繰り返して来た歴史を持ち,日露戦争で日本海軍がバルチック艦隊を壊滅させた時には,我が子に「トーゴー」と名付ける国民が続出したほどの親日国であるが,それに対して我が国はトルコ風呂などという名称で応えていたのである。あまりに失礼だということで,東大に留学して来たトルコ人学生の提唱で名称変更が行われたのは 1984 年のことで,イラン・イラク戦争勃発の前年のことであった。

一方,イラン・イラク戦争当時のイランへは日本からの直行便はなく,救出機を送らなかった日航がかなり悪者にされていたが,やむを得ないのではなかったかと思う。むしろ,糾弾されるべきなのは自衛隊機を送るのに国会承認が要るという現憲法の方である。集団的自衛権が行使できる安保法案を安倍内閣が立案して成立させたことによって,こうした事態に自衛隊機を速やかに派遣できるようになったのは,つい最近であったことを忘れてはならない。当時のトルコの首相に救出機の派遣を打診したのは,伊藤忠商事の社員の依頼によるものであったらしいのだが,残念ながらそれには触れられていなかった。だが,このパートのシーンの多くは非常に胸を打つもので,何度も目から汗が流れてしまって困った。

映像は,実に素晴らしかった。特に,遭難のシーンは非常に見応えがあったが,CG ではなく実写がほとんどだと聞いて驚嘆させられた。脚本が一番の不安であったが,「うん地人」や「利休にたずねよ」の愚作を書いた同じ人とは思えないほど出来がよく,心を入れ替えたのかと思えるほど破綻がなかったので安心した。教科書通りのような話の流れで,サプライズと言ったものが全くないのがやや不満とも言えるが,余計なエピソードを入れられるよりは数万倍も良かったのではないかと思う。

役者はいずれも好演と言えたが,特に内野聖陽と忽那汐里の英語の発音が完璧だったのには感心させられた。また,夏川結衣の妖婉さは流石だと思わせられた。トルコ人俳優の好演も素晴らしいもので,一人一人のクルーの熱演には目頭を熱くさせられた。音楽の大島ミチルは,起伏の大きいこのドラマに負けていない力のある曲を書いていた。特に海難シーンと,テヘランでの戦乱シーンの音楽は特筆ものであった。

この監督は,「火天の城」で原作の価値を根本から損ねるような改竄を行い,「利休にたずねよ」で茶道が朝鮮由来という捏造を行った許し難い人物であるが,今作では脚本家同様にかなりマトモになっていた。日土合作ということで,ある程度の制約があったためかも知れない。救出した乗組員を人肌で暖めるシーンなどは,イスラム国であるトルコでの上映を前提にして女性の肌の露出が極めて少なかったのもその一端であろう。生き残ったトルコ人乗組員を2隻の日本軍艦で送り届けたときの日本人クルーの中に,後の日露戦争で東郷平八郎司令長官を補佐してバルチック艦隊を壊滅させる作戦を立てた参謀の秋山真之がいたのだが,触れられていなかったのは残念だった。いつもの日本映画と違って,最後に安っぽい歌謡曲が流れなかったのは良かった。なお,エンドロールが始まっても,すぐに席を立たないことをお薦めする。
(映像5+脚本4+役者5+音楽5+演出4)×4= 92 点

アラカン