劇場公開日 2013年11月23日

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もらとりあむタマ子 : インタビュー

2013年11月19日更新
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前田敦子が寄せる山下敦弘監督への思い、そして自ら語る「私の夢」とは…

女優・前田敦子が、どこまでもリラックスした面持ちで席に着いた。隣席に座るのは、前田が「もともと大ファン」でいつか一緒に仕事をしたいと熱望していた山下敦弘監督。「苦役列車」で初タッグを組んだふたりが「もらとりあむタマ子」で再び相まみえることになり、前田の新たな一面をすくい取ることに成功したのは必然といえるかもしれない。前田と山下監督はいま何を思っているのか、ふたりに話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)

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第18回釜山国際映画祭「A Window on Asian Cinema部門」でワールドプレミア上映された今作は、音楽チャンネル「MUSIC ON! TV(エムオン!)」の30秒のステーションIDからスタートした企画。短編ドラマを経て長編映画として劇場公開されること、国際映画祭に出品されることは異例の展開で、星野源が主題歌として「季節」を提供していることも大きな話題を呼んだ。

山下監督は、今作の主人公・タマ子を通じて前田の女優としての魅力を再認識したという。それは撮影前から確信していたことでもあったようで、「『苦役列車』を見てくださった方であれば分かると思うのですが、今回は特に何もしていないんです。セリフやストーリーに頼っていませんから。今回のあっちゃんは主役なのにしゃべらないし、ダラダラしているし、不機嫌(笑)」と説明。そして「それが魅力的に見えるというのが、あっちゃんの持っている魅力なのでしょうね。そこを信じてとまで言うと大げさになりますが、そういう役をやっても魅力的になるだろうなと僕と脚本の向井(康介)の中にはありました」と明かす。

前述の説明通り、今作の前田は“残念な実家依存娘”というフレーズそのままに、とにかく無気力だ。都内の大学を卒業し、父がひとりで暮らす山梨・甲府のスポーツ用品店に戻ると、ひたすら食べて、寝て、漫画を読んでばかり。父の「就職活動はしているのか?」という問いかけにも、「その時がきたら動く。少なくとも今ではない!」と開き直り、自分を肯定してばかりの“口だけ番長”ぶりを露呈する。しかし、山下監督が構想段階から「ダラダラしたあっちゃんは可愛いに違いない」と話していたように、どこにでもいそうな市井の女性の日常を誇張することなく丁寧に描くことで、見る者に不思議な爽快感すら抱かせる新ヒロインを構築してみせた。

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前田にとっては、憧れの山下組初参加となった「苦役列車」を経たことがプラスに作用したようだ。「本当に大好きな監督っていうところから入っちゃったので、緊張して『苦役』の現場では全然かかわることができませんでした。でも、それが私にとってはすごく良かったのかなと思います。いまは居心地がすごく良くなりました」とリズミカルに話す前田に対し、山下監督が「前回は居心地が悪かったみたいじゃないか(笑)」と突っ込みを入れるなど、和気あいあいとした様子。それでも、憧れの存在に対する敬意はそこはかとなく感じられ、「演出してくださるときの監督はすごく厳しい人だなと思います。全部見られていると思いますし、ドキドキします。絶妙に距離を守ってもらっている感じがして、すごくありがたいですね」というコメントからもうかがい知ることができる。

役作りについては、「変に考えちゃいけないとは思っていましたし、ただ“そこに居たい”と思っていました。そういう空気を現場の皆さんが出してくださっていたので、異様な感じではあったのですが、スタッフさんも監督も、皆さんがタマ子っぽかったですね」と述懐。山下監督も、「僕は結構題材に影響を受ける方なのですが、今回に関してはあの空気感のまま僕もいれた感じでしたね」と笑った。

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今作の見どころのひとつとして、タマ子と父・善次(康すおん)の何気ないやり取りが挙げられる。父は奔放な娘を愛しく思い、娘も不器用な父を思いやるという関係性が、否が応でも浮上してくる。前田に家族について聞いてみると、「私はお母さんと比べると、お父さんととても仲が良いというわけではないんです。仲は良いしもちろん嫌いではないけれど、別にしゃべりたくない…みたいな(笑)。それが女の子の普通の感情だとは思うのですが、だからこそタマ子の立ち位置というのが理解できましたね」という答えが返ってきた。

愛知出身の山下監督にとっては、「うちは転勤が多くて引っ越し人生だったので、僕が小さい頃に過ごした家というのはもうないんですよ。だから劇中で描かれるような、実家が街に溶け込んだスポーツ用品店というのは憧れがあるんですよね」と話す。そして「実家にいるときはどこで過ごすの?」と話題を振ると、前田は「私はソファでもなく、自分の部屋でもなく、リビングのダイニングテーブルで結構長い時間を過ごしちゃいます。実家でダラダラするのって楽しいですよね」と私生活の一端を打ち明けた。

「松ヶ根乱射事件」(2007)以来、6年ぶりのオリジナル作品となった山下監督は4~5年前から脚本の向井とオリジナル作品について模索を続けていたという。「アイデアは出すんですが、自分たちでは結局決められずにずっときちゃったんです。タマ子は企画ものではありますが、気づいたら映画になって、それがオリジナルになった。『あ、自分も昔はこういう形で映画を撮っていたよな』と気づかされたんです」。

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大阪芸術大学在学中は、テーマありき、伝えたいメッセージありきではなかったと語り、「要は後付けだったんです」と今作を原点回帰と位置づける。それは、全編78分という尺にも相通ずるものがあったそうだ。「僕の昔の映画と同じくらいの尺なんですよ。何もないところから始めると具体がない分、固まらないんですが、この人で何かやろうかとなると、映画って作れるなって思いますね。僕はそういうタイプなのかもしれません」とかすかに笑みを浮かべる。

ふたりとも決して饒舌ではないだけに、静かに紡ぎだす言葉からは真実のみが浮かび上がってくる。それはまさに“言霊”と表現するにふさわしく、口にしたことはいずれ必ず実現してしまうのではないだろうか、という説得力に満ちあふれている。前田と山下監督のタッグにしても、近い将来3度目の機会がやってくるであろう予感めいたものを感じてしまう。

前田は、自らの女優としてのキャリアについて「私はまだ何もない状態ですからね」と一貫して謙虚な姿勢を保ちながらも、山下監督との再タッグについては目を輝かせながら思いを馳せる。「監督の作品で、私が最初に好きになったのは『天然コケッコー』。なんでこんなにキラキラしているんだろうと思って。それが本当に忘れられなくて…。いつかあの世界のようなキラキラを描く作品に参加してみたいです。それは、私の夢なんです」。この前田のせつなる思いを、山下監督が成就させる日が来ることを待ちわびたい。

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