劇場公開日 2014年3月7日

「いい映画でした!」銀の匙 Silver Spoon 南風さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0いい映画でした!

2014年3月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

幸せ

誠実に作られたいい映画でした。
原作漫画の要素を汲みつつ、吉田監督のテイストで仕上げられた、青春映画です。

予告ではコミカルな面が強調されていますが、作品はとても真っ直ぐで真っ当。
もちろんクスっと笑えるシーンも随所にあるのですが、見ているうちに、だんだんと映画の世界に引き込まれ、計らずも泣いてしまう…そんな映画です。

若い俳優陣の感性をそのまま映した絵が、瑞々しくさわやかです。
一番象徴的なのは牛の出産シーン。
役ではなく素の若者が、出産をじっとみつめている。
酪農家の息子なら子供の頃からもう何度も見ている光景のはず。でも、吉田監督は「後ろの二人は興味無さそうに演技して」などという指示を出さない。
都会生まれの俳優やスタッフたちが、目の前で起こることをただ見る。
そこには演技ではない空気がある。
それをそのまま映す。
そして映画を観に来るほとんどの客もまた、酪農家の子女ではない。
だから観客の目線は彼らの目線と同調する。

こうした演出の積み重ねが、自然と観客を作品世界に引き込んでいく。

動物と10代の俳優を中心にカメラは回るので、ごまかしが無い。馬はヒロインに本当になついているし、主人公がカメラ側へ歩み寄っても後ろで馬がずっと彼を見ている。
そういう、優しく誠実な空気の中で、高校生のぎこちない友情やほのかな恋愛が描かれる。
だから、見終えた後はとても清々しいのです。

原作ファンとしても、大満足の映画でした。
台詞の組み換えや実写エンドへのストーリー変更などは当然ありますが、原作漫画へのリスペクトは随所に感じます。
たとえば「ポアンカレ」Tシャツ。
たとえばエンドロールの「痛そりデザイン」
たとえば、そこは重機を使えよ、という原作改変のあとに、開拓民の誇りの話を出すところ(百姓貴族も読んでいますね)

何より、こんな地味なテーマを、全国公開規模の映画に仕上げてくれたことに、感謝です。
まだ「さんかく」までの実績だった吉田監督に白羽の矢を立て、見事に適任だったこと。
ジャニーズアイドルの夏を丸ごと拘束して十勝ロケ。
アニメのフジと映画のTBSで、局をまたいだタイアップ宣伝。
本当にありがたいです。

爽やかな青春映画です。
怒涛のスペクタクルもハラハラドキドキの冒険も誰かが死んじゃう悲劇も無い、穏やかで薄味の映画だけれど、観た後は心地よく、そして少し優しい気持ちになりました。

南風