劇場公開日 2014年7月12日

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リアリティのダンス : 映画評論・批評

2014年7月8日更新

2014年7月12日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンクほかにてロードショー

80歳を超えたカルトの巨匠が撮った、プリミティブで美しく、圧倒的な人間賛歌

1970年に公開された伝説的なカルト映画「エル・トポ」を、わたしは大学生のころに東京の名画座で観た。貼ってあったポスターは黒づくめのガンマンと荒野という典型的な西部劇風だったが、そのガンマンが決闘する相手がヨガの行者だったり、悟りを開いた宗教的見地の人だったりと、途方もなく得体のしれない映画だった。得体はしれないし主人公の行動理由はさっぱりわからないんだけれど、でもストーリーはちゃんとつながっていて、上映中わたしはずっとスクリーンを凝視したまま目を離せなかった。

リアリティのダンス」は、この「エル・トポ」の監督・主演だったアレハンドロ・ホドロフスキーが、23年ぶりに撮った新作だ。ホドロフスキーは「エル・トポ」と「ホーリー・マウンテン」の2作でカルトの巨匠としての名前を確立したけれども、その後は映画から離れ、漫画の原作やタロットカードの研究などの道に行ってしまう。1975年にはSF映画の大作「デューン」を手がけようとし、サルバドール・ダリミック・ジャガーといった超一流のスタッフ・キャストを集めるが、最終的に断念するという「事件」もあった。この話は最近、ドキュメンタリとして映画化されていて(「ホドロフスキーのDUNE」)、これはこれで超面白い。

とはいえ、最後に映画を撮影してから四半世紀以上。年齢も80歳を越えている。かつてのカルトの巨匠が老いてから製作した映画……と聞くと、なんだか嫌な予感しかなかったが、観てみるとその予感はすべて裏切られた!

この映画は心底すごい。圧倒的なエネルギー、幻惑的で美しいイメージ、そして壮大な人間讃歌にあふれている。こんな映画を84歳にもなって撮れるなんて、やっぱりホドロフスキーは天才だった。

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少年時代のホドロフスキーが最初に登場してくるが、彼は主人公ではなくどちらかといえば物語の紹介者であり、真の主人公は父親のハイメだ。ロシア系ユダヤ人としてチリの田舎町で妻と子供と暮らしている彼は、ありとあらゆる矛盾を内包している。身体が欠損した人たちを蹴り倒し、でも感染症の隔離患者たちにわざわざ水を与えに行き、患者たちに自分のロバを殺された挙げ句に病気をうつされてしまう。

共産主義者として独裁政権の大統領を殺しに行くが、なぜか大統領に見込まれて馬番となり、でもその馬を愛しながらも殺害し、出奔し、気がつけば記憶を失って見知らぬ女と一緒に暮らしていて……途中から映画は、まるでホメーロスの「オデュッセイア」のような人生放浪の叙事詩へと展開していくのだ。なぜそんな展開になるのかまったく理解できないけれども、しかしストーリーは明快で観る者を飽きさせず、食い入るようにスクリーンを見つめてしまう。

一貫したテーマは、家父長的な父権主義の崩壊と、宗教的な母性への回帰だ。その母性を象徴するのがハイメの妻、ホドロフスキーの母親であるサラ。彼女のすべてのセリフはオペラの歌唱として表現される。最初はメチャメチャ違和感があるが、画面に見入っているうちにその彼女の声の美しさに観客は魅入られてしまう。

そして最後には、圧倒的な人間讃歌への感動がやってくる。21世紀にもなって、こんなにプリミティブで美しく、映画本来の姿に立ち返ったような原初的作品に出会えるとは思ってもいなかった。これは神話の誕生である。

佐々木俊尚

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