旗本退屈男 謎の南蛮太鼓

劇場公開日:

解説

おなじみ旗本退屈男ものの一篇。佐々木味津三の原作から池上金男が脚本を書き、「修羅八荒(1958)」のコンビ佐々木康・伊藤武夫がそれぞれ監督と撮影を担当した。音楽は「伊賀の水月」(大映)の山田栄一。「修羅八荒(1958)」の右太衛門のほか、三浦光子などの出演。

1959年製作/87分/日本
原題:The Sword against the Intrigue
劇場公開日:1959年1月9日

ストーリー

五代将軍綱吉の時代に、清国から大曲芸団を招いた。湯島聖堂建立を祝すためである。が、この行列の中から奇怪な飛道具が放たれ、老中筆頭稲葉越前守の首を射抜いた。--退屈していた早乙女主水之介が京弥をつれて事件解明に乗り出す。老中酒井は切支丹宗徒の仕業と主張した。その頃切支丹を名乗る一団が出没し、軍用金徴発と称して強盗殺人を働いていたのだ。切支丹の町人が曲馬団の天幕のそばで、首を射抜かれて死んでい、謎は深まった。退屈男はこの町人の残した言葉に従い下谷に秋月という浪人を訪ねたが、彼は何者かにおびえ、発狂して施薬院に入っていた。この秋月も、彼に差入れする娘・加代も、彼女の世話をする両替屋山惣も、みんな切支丹だった。退屈男が山惣を訪ねると、彼は家に放火された上、惨殺されていた。退屈男は切支丹の会合場所である谷中の五重塔へ行く。彼らは強盗団には関係なかった。次々と仲間が殺されおびえきっていた。その場でも会合主・浅倉が短銃で殺されたのだ。退屈男は曲馬団の清国の含み針を見物した。日本古来の霞流含み針の術だった。老中や山惣が殺されたのはこれを使ってだろう。退屈男は曲馬団の内部を探った。--彼を襲った刺客たちの中に酒井の部下がいた。これらぜんぶの事件の黒幕に、酒井がいたのだ。酒井は退屈男を閉門にし、その行動を封じた。退屈男は彼を慕って集ってきた変り者たち--おさらばお由、素っ飛びの又八、石川屋五郎衛門、鼻利き小僧、厭がらせのお松などを使って、ついに事件の真相をつかんだ。酒井は由比正善の遺児道雪一味を利用し、将軍綱吉が曲芸団を呼ぶ日を期にして暗殺し、天下を奪おうとしていたのだ。上覧の日、退屈男は綱吉を救い、酒井・道雪一味を滅した。

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スタッフ・キャスト

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