真白き富士の嶺(1954)

劇場公開日:

解説

逗子開成中学のボート遭難事件とそれにまつわる“真白き富士の嶺”の歌謡曲に材を取った大映思春期映画。「続続続続 魚河岸の石松 女海賊と戦う」の笠原良三の脚本を「慕情」の佐伯幸三が監督している。撮影も「慕情」の板橋重夫、音楽は「新諸国物語 笛吹童子 第一部どくろの旗 第二部妖術の闘争 第三部満月城の凱歌」の福田蘭童の担当。出演者は「慕情」の沢村美智子、「母時鳥」の北原義郎、「晩菊」の見明凡太朗、加東大介、「十代の誘惑」の江原達怡のほか、新人市川和子、城川暁子(SKD出身)林成年などである。

1954年製作/91分/日本
配給:大映
劇場公開日:1954年8月4日

ストーリー

真白き富士の嶺を仰ぎながら、今日も逗子海城高校ボート部では主将竜一のかけ声のもと国体を目指して烈しい練習を行っていた。一方、音楽部でも県主催のコンクールを目ざして、三角先生の指導で猛練習を続けていた。数日後、音楽部とボート部合同の三浦岬ハイキングが行われたが、誤って海中に落ちた比佐子を芳雄は飛び込んで助けた。そして、コンクールの個人代表を比佐子にとられ、今また淡い想いを寄せていた芳雄がこの事件以来、比佐子と親交を深めて行くのを見た道子は、比佐子に敵意を持つようになった。だがボートのスピードの出ない原因が古い損傷だらけの漕艇にある事に気付いた一同は、ボートの新造費獲得に全員協力する事を申合わせた。高橋教頭、道子の父である花村PTA会長に一蹴された一同は、夏休に海浜のアルバイトを利用して自らの手で資金を作り始めたが、アルバイトで不良と乱闘を起した事や、写真のモデルになった比佐子の事が尾鰭をつけて新聞に報道された。一挙に断を下そうとする教頭に、三角先生は真意を説き、生徒達の処分は事無きを得たが、無理のたたった三角先生は病床に倒れ、鵠沼の療養所に入所した。その頃ボート部の原が三角先生に献じた詩が先生の手で作曲され、新聞社の懸賞募集に当選した。そして賞金全部がボートの新造費に贈られた。感激したボート部員は待望の漕艇を先生に見せようと、波静かな海上を出発するが、中途俄かに暴風雨となって全員遭難した。三角先生は十二の御霊に捧げる詩“真白き富士の嶺”を作り、音楽部の比佐子、道子達は在りし日を思い浮べながら歌った。

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