東京五輪音頭

劇場公開日:

解説

石森史郎の原作を高橋二三と国分治が共同で脚色「機動捜査班 静かなる暴力」の小杉勇が監督した歌謡ドラマ。撮影は「生きている狼」の中尾利太郎。

1964年製作/93分/日本
配給:日活
劇場公開日:1964年9月9日

ストーリー

中央卸市場、通称ヤッチャバで、ジーパンスタイルでいせいのいい「藤源」の一人娘、藤崎ミツ子は、市場でも町内でも人気者だった。だが彼女にも悩みがあった。ミツ子は、水泳のオリンピック候補であったが、親代りの祖父の猛反対に、自分の意志を言うこともできず、市場に通うかたわら、水泳の練習をしていた。三波春夫に似ているので評判の「松寿司」の主人の松吉を初めとして、町内の人々の願いは、ミツ子がオリンピックに出場することであった。オリンピック候補にミツ子が発表されたのも、源造には知らせない町内の人々であったが、「藤源」の店員勇を頼って上京した雅子が、源造に話したので、大騒ぎとなり、ミツ子は、水泳禁止となった。ミツ子の友達のれい子や、仲買人の「山宗」の店員正光、勇らの説得もむなしく、いい考えは浮かはなかった。数日後、ブラジルでコーヒー園を経営する正光の叔母キヨが、正光をブラジルへ連れてゆくため、日本にやって来た。キヨの歓迎会が盛大に行なわれている頃、ミツ子は一人プールで心の悩みを叩きつけていた。ある日、オリンピック強化コーチの河野が、源造を訪れ、ミツ子を合宿に入れるよう説得した。町内の人々やミツ子の友人の応援でさすがの源造も折れた。源造の頑固さは、ミツ子の父が、ベルリン大会の時オリンピック選手にもれてから、大酒呑みになり、事故死したことが原因であった。翌日からミツ子は合宿に入った。町ぐるみの応援体制の中、ミツ子は何故か成績があがらなかった。精神的悩みがあると見抜いたコーチが、ミツ子の友達から聞いたのは、正光のブラジル行きが、彼女の心を痛めている事であった。折も折、源造が交通事故で負傷したが、ミツ子はそれも知らされず、オリンピック選手選抜大会の当日、女子四百メートル自由形で優勝した。翌日「松寿司」の祝宴で、キヨは正光を日本に置いて帰ることを発表した。同時に、ミツ子と正光の婚約が発表された。若い二人の幸せそうな眼が輝いていた。

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