残酷裸の魔境
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残酷裸の魔境

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解説

アフリカ、ダオミーの旧ベナン王国にカメラを持ち込み、ブーズー教のショッキングな奇習や残酷な奇祭を描くドキュメンタリー。製作はミシェル・セイドゥー、監督・脚本はジャン・リュック・マニュロン、撮影はベルナール・ルラ、音楽はフランソワ・ラバトが各々担当。

ストーリー

ブーズーという言葉は「他界の霊」の意味で、換言すれば「死者の礼賛」を意味する。そこに存在する神々(稲妻の神と水の神)に仕えるため、彼らはさまざまな儀式を行う。自然の厳しさの中、人間の力を越えた全智全能の神にすがりつくしかない彼ら、そこに生まれたブーズー教は、なんびとといえども他国者を入れることを拒否していた。 死人の奇蹟の生還・ある若い女が魔術師のおかげで重病からたち直った。お礼のために彼女は、天然痘の神サグバタに仕えるドレイとならなければならない。彼女の命は神に捧げられる。失神状態におちいった彼女は、七日間、世界をさまようのだ。その間、魔術師たちは呪文をとなえ、やがて七日目、いよいよ死の世界からよみがえるときがきた。懸命に祈る魔術師たち。奇跡の瞬間が訪れる。七日目死んでいた肉体がよみがえったのだ。このあと、彼女は生きるためだけの最低限の食物を与えられ、意志を持たないドレイとなって天然痘の神に青春を捧げるのだ。 入信のためのいれずみの儀式・入信後六ヵ月すぎた信者は、信仰のあかしとして、からだ中にいれずみをしなければならない。どんな痛くても声を上げることはできない。声を上げると信仰が浅いとされその場で破門されてしまう。何の消毒も麻酔もなく、からだを切りきざまれる信者たち。乳房と顔へのいれずみは特に痛みが激しい。無事に苦行を終えた彼らは、傷口に聖水をふりかけ、ヘビの糞とカメの眼玉をすりつぶして混ぜた粉末を血のにじむ傷あとにすり込む。 血みどろのいけにえ祭り・別の集落では若い見習僧たちが初めの七ヵ月の修業を終えて、第二段階の業に入るための儀式が開かれていた。生きたニワトリの舌を引き抜き、その血をからだになすりつける。ブーズー教ではニワトリが、まじないや呪いの象徴となっている。そして彼らはあらゆる試練に耐える精力をつけるため、生きたヤギのノドを切り裂いて流れでる血と肉、トウモロコシの粉をまぜた血のスープを作る。それを腹いっぱい食べ両手で軍(いくさ)の神の霊を火中からつまみ、その霊の力をわが身に乗り移らせようと競いあう。まさに原始のエネルギーが爆発する。 人間バーベキュー・悪魔の霊にとりつかれた少年のからだから、霊を追い払う儀式がこれだ。墓穴が用意され少年は薬草をかがされ、意識を失う。失神したまま、少年は墓に埋められ、土をかぶせたあと、上にタキギが山と積まれ、火がつけられる。人間のむし焼きだ。見ている者の中には興奮のあまり気を失う者もいる。やがて魔術師の祈祷が始まり、死のような静寂がつづく。果たして奇蹟はおこるだろうか。むし焼きにされた少年の命は-- 女を求めて踊り狂う男根祭り・新月の夜、稲妻の神ヘビオッソと、愛と性の神レグバを讃える刺激的な儀式が行なわれる。男も女も腰の下に木で作った巨大な男根をぶらさげ、それをしごきながら激しくつきたてて踊り狂う。女の股からつき出た巨大な男根と、それを恍惚としてゆさぶる女の妖しげな動きは、エロティシズムの極致といえる。興奮が高まると、一人の男が突如、少年に襲いかかり、泣きわめく少年に男根をつきたてる。それは人間の性を越えた獣そのものだ。...

作品データ

原題 Le Vaudou
製作年 1973年
製作国 フランス
配給 東京第一フィルム

提供:株式会社キネマ旬報社

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