虐殺軍団
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解説

十六世紀末、祖国を統一したルーマニアの国民的英雄ミハエル公の半生を描く。監督はセルジウ・ニコラエスク、脚本はティタス・ポポビッチ、撮影はミルセア、ゲオルゲ・コルネア、音楽はイオジフ・コンファ指揮ルーマニア・オペラ・ハウス・シンフォニー・オーケストラ、編集はドウミトル・アラバト、イオラナ・ミンツレスクが各々担当。出演はアムザ・ペレア、ニコラエ・ヤカレアヌ、イリーナ・ガルデスク、イオン・ベスーウ、フローリン・ピエルジク、ジョルジー・コバックス、ミルセア・アルブレスクなど。

ストーリー

十六世紀の終り、東ヨーロッパのバルカン諸国は、オットマン帝国(トルコ)の制圧下にあり、恐怖におののいていた。一五九三年、サルタン・ムラート三世は野望をさらにおし拡げ、分裂をくり返す西欧への門戸でめるウィーンを攻撃した。当時、東欧の三小国バラキア、トランシルバニア、モルダビアはボヤーと呼ばれる貴族たちが割拠しており、彼らはサルタン派、ローマ教会派に分れ野望をきそっていた。この三小国の統一を夢見てサルタンとトルコに挑戦した一人の英雄が出現した。彼の名はミハエル勇公(A・ペレア)。彼はまず、バラキアの統治権を得るために金策に奔走した。それは困難をきわめたが、親友のトルコ人セリム・パシャ(N・セカレアヌ)の協力を得、大金持ちのディ・ペンティニから金を借りることができた。それはミハエルの志にうたれたペンティニの妹ロサナ姫(I・ガルデスク)の口添があったからだった。サルタンに謁見が許されたミハイルは、その心意気を買われ、ついにバラキアの統治権を勝ち取った。力を得た彼は返す刃でオットマン帝国に対して戦いを挑んだ。「バラキアを解放する」というミハイルの言葉に人々は狂喜し彼に忠誠を誓った。トルコに対して戦端を開いたバラキア軍は、不利な戦いを強いられながらも頑張り、緒戦に勝利した。しかし戦いの道のりはまだまだ遠かった。ミハエルはわずかな軍勢でオットマン軍の指揮官シナン・パシャの主力陣に対峙した。戦いはブカレスト近郊のカルガレニで行われ、血なまぐさい戦いの結果、ついにトルコ軍は敗れた。さらに彼はトランシルバニアへ進軍し、アンドレ(G・コバックス)の軍隊と対戦した。だがアンドレもミハエルの敵ではなかった。ここにトランシルバニアとバラキアが統合され、残るはモルダビアのみである。敗残の将アンドレは首を切り落とされたが、捕えられた貴族たちには剣を返してやった。そして一群の中に愛するロサナの姿を認めた。彼女は涙にくれ、、一緒になることを望んだが、彼にはまだすることが残っていた。ロサナの切ない思いをふり切ってミハエルはモルダビアへ進撃した。迎えうつのはモルダビア軍とポーランド軍だ。両軍相対し、いざ戦いが始まらんとした時、何を思ったか、ミハエルはただ一騎、敵に向って駒を進めた。「わがモルダビアの兄弟よ!」ミハエルの呼びかけに、敵陣は動揺し、モルダビア兵は銃を捨てポーランド車を残したまま、ミハエル側に向って走りだした。ポーランド軍は敗走し、さしたる戦いもないままミハエルは最後の勝利を収めたのであった。凱旋したミハエルのもとにトルコ皇帝からの書面が届いた。使者は長いこと敵同志として戦わねばならなかった親友のセリム・パシャだ。「われモハメッド三世は、剣とコーランの伝統をつぎ、大いなる信仰の主として、いまここにミハエル公に告げる。使節を派遺してその主権を認める。その統治するはルーマニア、すなわちトランシルバニア、モルダビア、バラキア。ここに認証する」その書面があるまでもなく、ミハエルはルーマニア王としての王冠をいただいていた。彼はいった。「友情に対し、我々は常に暖かい友情で迎えよう。だが、敵意には、いつでも剣がそれに答えるであろう!」ルーマニア統一は、ここに実現されたのである。...

スタッフ

監督
脚本
ティタス・ポポビッチ
撮影
ミルセア
ゲオルゲ・コルネア
音楽
ルーマニア・オペラ・ハウス・シンフォニー・オーケストラ
編集
ドウミトル・アラバト
イオラナ・ミンツレスク
字幕監修
高瀬鎮夫

作品データ

原題 The Last Crusade
製作年 1972年
製作国 ルーマニア
配給 コロムビア

提供:株式会社キネマ旬報社

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