情怨の谷
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解説

1928年度のプリッツア賞を得たソーントン・ワイルダー(「我等の町」)の小説の3度目の映画化で、ユナイト系の独立プロデューサー、ベネディクト・ボジャースが製作、「海賊キッド」のローランド・V・リーが監督した1944年度作品。「町の人気もの」のハワード・エスタブルックがハーマン・ワイスマンと潤色し、エスターブルックが脚本を書き、ジョン・W・ボイルが撮影、「ラッキー・パートナー」のディミトリ・ティオムキンが音楽を担当している。「銀嶺セレナーデ」のリン・バリ、「ある雨の午後」のフランシス・レデラー、「コルシカの兄弟」のエイキム・タミロフ、嘗て舞台に名声を謳われた故アラ・ナジモヴァ、「ゾラの生涯」のルイス・カルハーン、「三人姉妹(1942)」のドナルド・ウッズ、ブランシュ・ヤーカ、「小麦は緑」のジョーン・ローリング等が出演している。

ストーリー

いまから200年も昔の、18世紀のはじめ頃のこと、南米ペルーのリマの町の付近の渓谷にかけられた、サン・ルイス・レイの吊橋が突然壊れ、通行中の5人の人間が悲惨な死をとげて、ペルー中の人々をおどろかした珍事がおこった。この橋のたもとに教会を開き原住民の改宗に当たっていたフニペル牧師は事件を目撃していた1人であった。彼は、5人の被害者が生を失ったのは、何か神の意志によるものにちがいないと考え、彼等がいかなる星の下に、この橋で死ななければならなかったかという事情をしらべた。モンテマヨール侯爵夫人は悪魔に憑かれたように不幸な人生行路をたどった人だった。夫人の娘は母と別れて結婚しスペインに行き、孤独の夫人は寺院からペピタという娘を貰いうけてリマにもどる途中に、この橋でペピタと一緒に死んだのだった。エステバンというリマの町で知られた代書屋の青年は水夫のマヌエルと双生児だった。2人はペリチョーレという芸名で人気のあった踊子が好きだった。ペリチョーレはリマの街頭でピオ伯父さんから拾われて踊りを仕込まれ、リマの総督の囲われ者として何不自由ない生活をおくっていた。彼女の意見は総督の行政さえ左右するほどの勢力をもっていた。ペリチョーレ、マヌエル、エステバン、総督の四人はサン・ルイス・レイの橋を同じ時通り合わせ、橋が落ちたとき、総督は橋を渡っていた。ペリチョーレは橋の手前で宝石を見失い止まって、マヌエルに手伝ってもらい、捜していた。死んだのはエステバンだった。ピオ伯父さんはこの事件以来、ペリチョーレとマヌエルの件をまとめるのに骨を折ってやった。フニペル牧師は、神の意志というものが人智では計り及ばぬものであることを知り、事件の調査記録の一切を焼き棄てるのであった。...

作品データ

原題 The Bridge of San Luis Rey
製作年 1944年
製作国 アメリカ
配給 映画配給社

提供:株式会社キネマ旬報社

受賞歴

第17回 アカデミー賞(1945年)

ノミネート
作曲賞(ドラマ/コメディ) ディミトリ・ティオムキン
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